ノンフィクション

2017年1月 3日 (火)

白洲次郎 占領を背負った男 (北康利)

白洲次郎 占領を背負った男(上) (講談社文庫)
白洲次郎 占領を背負った男 』は芦屋の裕福な家庭に生まれ、イギリス留学時代にはブガッティ35を乗り回したというとんでもない男。当時のグランプリカーですから、いまでいえばF1マシンを乗り回すようなものです。それが敗戦後、昭和天皇からの贈り物を届けに行ったところ、テーブルの上がいっぱいだったために「その辺に置いておいてくれ」と言ったマッカーサーの無礼を怒鳴りつけたという逸話が残っています。

前半であっさり戦争に突入してしまい拍子抜け。白洲は敗戦を予期して都心から疎開準備をしていたほど。その後、吉田茂と知り合い、憲法草案作成などにあたってGHQと交渉するようになります。それでも政治家にはならず在野精神を貫いた「育ちのいい野蛮人」。「葬式不要、戒名不用」が遺言だったとか。

彼のパートナーだった白洲正子のエッセイを読んでみたいと思います。

お勧め度:★★★★☆

2017年1月 1日 (日)

「新幹線をつくった男」とリニア・鉄道館

新幹線をつくった男 島秀雄物語 (Lapita Books)
新幹線をつくった男 島秀雄物語』は、東海道新幹線の開発秘話かと思ったら、島秀雄という鉄道エンジニアの人生を追ったものでした。

東海道新幹線はわたしにとって身近な乗り物で、何度もお世話になっているのですが、東京オリンピックにあわせて開業したということ以外、とくに知りませんでした。それがD51を設計したエンジニアによって開発されたとは驚いたと同時に妙に納得してしまったのです。

新幹線はまったく新しい技術ではなく、過去の技術の集大成だったようです。巨額の予算で失敗したでは済まされず、周囲では「万里の長城、ピラミッド、戦艦大和、新幹線」と世界の4大無用の長物に数えられようとしていました。

開業してからも「あわや大惨事」という事件もあったらしく、重大事故を回避できたのも万一を考えた安全設計があったことと、乗務員の機転によるものだったのです。安全は当然だと考えられていますが、それを支えるのは並大抵のことではありません。

そのことを実感したのが「リニア・鉄道館」のドクターイエロー車内でビデオを見たときです。

Img_3079

線路交換の方法を知ってびっくり。さらにバラスト交換には、除去、投入、固定の段階があって、それぞれ専用車両があるのです。550kmもある線路を夜ごと保守している人たちの努力あってこその安全です。新幹線を海外に輸出するときは、保守システムも含めるのでしょうけれど、どの国でもきちんと保守できるのかちょっと心配です。

名古屋の新幹線の線路近くに住んでいたことのある人に聞いたところ、バラスト交換作業が始まると騒音が響いてマンションが揺れたそうです。作業が終わるまで眠れなかったとか。バラストって代用品はないのでしょうか。もっと長持ちするもの。あ、リニア新幹線なら不要ですか。

リニア・鉄道館は「平日なら空いてるだろう」と思ったら中学校の社会科見学でにぎやかだった。東海道新幹線の歴史や保守作業の様子なども展示があって、それを見れば概要はわかるけれど、たとえば原秀雄(という人物)を軸にして見るとまた違うものが見えてきて感動します。

お勧め度:★★★☆☆

2017年7月
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