能楽

2017年9月 4日 (月)

鬼神 (矢野隆)

鬼神
鬼神 』 は、平安時代の大江山酒呑童子討伐を描いた小説。酒呑童子は「鬼」ではなく「人」だったのではないかという視点が新鮮です。

冒頭、山奥で母親と二人暮しの公時が、畑を荒らす熊と取っ組み合いをしています。あれ、坂田公時って「金太郎」じゃないですか。それじゃここは足柄山? でっかい鉞を振り回して熊の頭を飛ばしてしまいます。

そこへ源頼光が訪れて公時を武士として鍛えるべく都へ連れて帰り、彼を含めて頼光四天王(渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、卜部季武)が揃います。けれど、山育ちの公時は都になじめず、大江山の偵察に出向いて、頭領の朱天の人柄に触れ、討伐などしないよう頼光に願ったのも虚しく、朝廷から酒呑童子討伐を命じられます。

朝廷や公家には己の欲を満たす「都合」があり、朱天たちには里の者たちを食わせていく「都合」がある。人として正しいのは朱天たちだとわかっていても頼光や公時は逆らうことができない。その葛藤に胸が締め付けられます。大江山の「鬼」は皆殺しにされてしまうのでしょうか。最後まで目を離すことができません。

これは大人向けの「金太郎」です。「ぜひ能で観たい」と思ったら、あるんですね「大江山」。でも、酒呑童子は鬼として成敗されてしまいます。つまりは都側の見方です。それが、時の権力者に擁護されてきた能の限界かもしれません。

お勧め度:★★★★★

2017年8月10日 (木)

新全訳古語辞典 (大修館書店)

新全訳古語辞典
新全訳古語辞典 』 は、先日の京都観世会館で行われた林定期能の際に、事務所でいただいてきた会報誌8月号に紹介記事が載っていたのを見て買ってしまいました。

古語辞典を持つのなんて高校以来でしょうか。あいうえお順に古い言葉の意味が並んでいるものだとばかり思っていたら、いまはちがうんですね。付録が充実しています。

雑誌じゃあるまいし、付録なんて。と思いますよね。でも、ほんとです。

付録1:名歌名句事典
付録2:古語ウォーキング事典
付録3:古典文学事典

能には和歌もよく出てくるから付録1は重宝しそう。三条大橋から日本橋までの東海道の宿場ごとにコラムがあって古語にまつわるあれこれがわかってしまう付録2。古事記に始まり、伝奇物語は「竹取物語」、歌物語は「伊勢物語」「大和物語」、日記・紀行は「土佐日記」「蜻蛉日記」など全体を見渡すことができる古典文学MAPと古典人物MAP。

「引く」だけの辞典ではなく「読む」「見る」「知る」楽しみのある辞典です。

お勧め度:★★★★★

2017年8月 1日 (火)

平成29年 第4回 林定期能を(京都観世会館で)観てきました!【後編】

前編からつづく)

犬も歩けば棒、ではなく「みたらし祭り」に行き当たってラッキーでした。たしかに暑気払いになりましたし、あとは息災であれ、と祈るばかり。

下鴨神社から糺ノ森を抜けて出町柳まで戻って来たところで、駅前の「ベーカリー柳月堂」に寄ってくるみパンをゲット。くるみがたくさん入ってておいしい。

林定期能の会場である京都観世会館は岡崎にあって、そこまで市営バスで行くつもりだったのですが、出町柳のバスターミナルは乗り場がわからず、京阪電車で三条まで行くことにしました。

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iPhone の「Y!乗換案内」で「地図」を選択すると「案内」してもらうこともできます。

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スマホに案内してもらうまでもなく京都観世会館に到着。しかし、11時20分の開場までは中に入れないみたい。暑い屋外で待っていても仕方ないので、早めのランチにしましょう。

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疎水端のベンチで「ふたば弁当」を広げます。出町ふたばで買った赤飯とデザートの豆餅が2個。おかずはファミチキ。お茶はサーモスに入れてあるし、割り箸もつけてもらいました。これが京都ならではの「お弁当」です。ファミチキはおかしいだろうと自分でも思いますが、普段は食べないものなのでOKとします。久しぶりの豆餅は旨い! この素朴なしょっぱさと甘さのハーモニーがたまりません。ふたつも食べたらお腹いっぱいなのだけれど、シアワセ〜!

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事前に電子メールで「林定期能チケット申込み」として連絡しておけば、当日受付で代金とチケットを引き換えてもらうことができます。手軽に前売券を申し込むことができるので助かります。

本日の公演は能「俊寛」「百万」「天鼓」の3曲と狂言「口真似」、それに仕舞3曲という豪華ラインアップ。12時開演、17時半終演予定ですから、休憩時間を除いて実質5時間。これで全自由席4,000円はリーズナブルだと思います。

この能楽堂には2階席があります。2階席からだと橋掛りから舞台までが一望できるので、ここで観ることにしました。先客の方とあれこれ話しているうちに開演前の演目解説が始まりました。

「俊寛」は『平家物語』で、クーデターを企んだ俊寛僧都が鬼界ケ島に流されたお話。「そこの白川通の向こうのノートルダムの脇の道をずっと上っていくと鹿ケ谷なんです」って、身近に当時を偲ぶ場所があって、京都で観る能というのは一味ちがいます。以前「名古屋片山能」で観た「融」なんて、ここで観たらもっとリアルでしょうね。

3曲の紹介が終わると「俊寛」が始まります。ところが、成経と康頼に続いて俊寛が鬼界ケ島に流されてきたんだなぁ、と思ったら、俊寛だけが島に取り残されていました。あれ、わたし寝てました? やはり寝不足はいけません。失礼しました。

続いて狂言「口真似」です。主人が太郎冠者にむかって「酒の相手を探して来い」と申しつけ、連れてきた相手が実は酒癖が悪い。かといって追い返すわけにもいかず、太郎冠者がうまく話をつけられるはずもないので、主人は「わたしの言うとおりにせよ」。すると、主人が召使いに命じるままに、太郎冠者は客人に命じます。主人が頭に来て手を上げれば、客人を殴る始末。ここまで徹底した「口真似」をやるとは、狂言恐るべし!

能の2曲目は「百万」。これは女性の名前で、我が子を探し求める芸能者の物語。とにかく子方がかわいい。切戸口を屈まずに通った人を初めて見ました。シテの舞も素晴らしく、見応えがありました。

その後、仕舞が3曲。わたしはこれまで「仕舞は退屈でつまらない」と思っていました。でも、出町柳の LIGHT UP COFFEE で浅煎り豆のコーヒーをいただいて「自分の好みじゃないと思っていたけれど、味わい方で楽しめそう」と思ったのです。仕舞もおなじ。そう思って観ると仕舞もそれぞれ趣がありました。

さて、最後に「天鼓」です。天から降ってきた鼓を打つ少年が天鼓。中国の帝が鼓を献上するよう命じたのですが天鼓は拒んだため、捕らえられ河に沈められてしまいます。その後、鼓は誰が打っても鳴らないため、天鼓の父親に打たせたところ、素晴らしい音を出したのです。帝が天鼓を沈めた場所で法要を行ったところ、天鼓の霊が現れて鼓を打ったというお話です。

公演のパンフレットの写真が「天鼓」の後シテです。煌びやかな衣装が眩しかった。2階席から観ていると、全体を見渡すことができ、シテ、ワキ、囃子方、地謡までが一体となって舞台を盛り上げていることがわかります。とくに今回、地謡の低音がよく響いていてよかった。3曲で囃子方は毎回変わり、大鼓の音色にも個体差があることがよくわかりました。打ち方、響き方に好みはありますが、能の一部だと思ってみれば、よくまとまっていたように思います。「天鼓」の最後の場面では「来るぞ、来るぞ…来た〜よしっ!」。最後がすべてピタッと決まったのです。これは感動ものです。立ち上がって拍手をしたかったのですが、マナーに反するようなので我慢しました。

原則、その日一回限りの能舞台。うまくいくときもあれば、うまくいかないときもある。でも、すばらしい一瞬のために能楽堂に足を運ぶのです。

京都の大学を出た長男に「京都に能を観にきたよ」と知らせたら「夏の京都、熱中症に気をつけて」。はい、スマホに警告が届いてます。でも、能楽堂の中は寒いくらい冷房が効いてます。

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チケット申し込みメールの返信に「会場内は冷房が強めに設定されています。 羽織るものをご持参ください」と教えていただいて助かりました。女性は長袖を羽織っている方が多く、わたしも「天鼓」の頃には寒くなってきました。

会場をあとにするまえに「京都観世会館会報誌」の年間購読(1200円)を申し込んで、8月号をいただきました。基本的に「演能カレンダー」ですが、毎月郵送してもらえれば、また京都に遊びに行くきっかけになるかと思って。

会館を出たところで「天鼓」で太鼓を打ってらした前川さんにお会いしたので「楽しませていただきました。ありがとうございます」。太鼓って思ったよりコンパクトなケースに収まっているんですね。

暑い京都の夏を涼しく過ごすのに、みなさんも観能はいかがですか?

追記:出町ふたばの赤飯も美味しいのだけど、岐阜ツバメヤの豆穀おこわも美味しい。思い出したら食べたくなってきた。でも大名古屋ビルヂング店では売ってない。柳ヶ瀬本店まで行かなくちゃ。あ、隣に「アイスクリーム松ノ家」ってできてる。最中アイスですか。これはぜひ行かねば!(買い食いスイーツに弱いんです)

2017年7月31日 (月)

平成29年 第4回 林定期能を(京都観世会館で)観てきました!【前編】

名駅薪能の抽選に外れたので、京都へ能を観に行くことにしました。

久しぶりの京都です。行きたいところが溜まっていて、とても一日では収拾がつかないのですが、今回は観能がメインと割り切ることにしました。

いつものように名古屋始発の新幹線に乗って朝7時に京都入り。上賀茂神社行きの市バスに乗って河原町今出川で下車。京都市営バスでもApple WatchのSUICAが使えるようになって便利になりました。

さて、出町柳周辺買い食いツアーといきましょうか。(能については後編にまとめます。)

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いつもならば9時に出町柳駅前でレンタサイクルを借りるのですが、今回は京都観世会館に着く11時までしか使わないので歩くことに。とはいえ、CROCSなので無理はできません。

まず、地図のいちばん下のパン屋さん「エズ・ブルー」へ。まだ7時半なのですが、7時から開いているのがうれしい。焼きたてパンが並んでいくのですが、まだ値札がついていないので品名がわかりません。「あのぉ、これクリームパンですか?」って、忙しそうなので聞きづらい。3つほど選んで京都御苑へ。雨に濡れた木々ではセミが大合唱中。

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ベンチにタオルを敷いて朝ごはんにします。クロワッサン(右下)とソーセージの(右上)はサクサクで美味しい。これ、好き! 左のクリームパンはまだ温かくて、クリームは美味しいけれどパンはモチモチ。近くの自販機でSUNTORYの「すっきりしたトマト」という缶ジュースを買いました。最近トマトジュースに凝ってて、これは確かに飲みやすい。塩にレモンも入ってる。うーん、満腹です。

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雨がぱらついてきたので、枡形商店街を抜けて「出町ふたば」へ向かいます。8時半開店ということですが8時には開いているみたい。今日も行列ができているものの許容範囲内。いつもの豆餅と赤飯を買いました。

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昨年秋に向かい側にできた「LIGHT UP COFFEE」というカフェに寄りました。吉祥寺に本店があって、豆の味を生かした浅煎りコーヒーが特徴だとか。味を確かめるために TASTING SET (680円) を注文しました。

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左から「COLOMBIA」「COSTA RICA」「ETHIOPIA」。カップの前に置いてあるカードの裏にそれぞれの特徴が書いてあります。左から順に飲んでいくと、いちばん右のエチオピアが「これがいい」。たしかにイチゴの味がします。わたしはコーヒーの酸味は苦手で、浅煎りより深煎りが好みなのですが、コーヒー豆本来の味を楽しむという意味では考えを改めるべきかもしれません。(前述のカードは文庫本の栞に使ってます)

なぜか他にお客さんがおらず、若いバリスタさんとあれこれ話しながら、のんびりさせてもらいました。「また、来ますね!」

京都観世会館の林定期能は11時20分開場、12時開演だから、出町柳を出発するまでに、まだ1時間ちょっとあります。それならば、森見登美彦の小説『夜行 』に出てきた御霊神社と出雲路橋に行ってみましょう。

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全体にどっしりとした重みを感じる神社です。境内の中央に舞台があります。能を観るようになって舞台が気になります。神楽を舞うのでしょうか。雨が上がって陽が差してきたのはよいのですが、暑いです。体に悪い暑さです。

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この出雲路橋を東へ渡ってしばらく行くと下鴨神社なので、お参りしていきましょう。

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いつもは閑散としている境内へ、人や車が吸い込まれていくから何事かと思ったら「みたらし祭り」。なんですか、それ?

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よくわからないままに初穂料300円を納め、ロウソクを受け取り、履物(CROCS)を脱いで袋に入れ、みたらし池にむかってジャブジャブと歩いていきます。水が冷たくて気持ちいい。と言っていられたのは始めのうち。最後は足が凍えました。突き当たりで灯明を供えて池から上がり、履物を履くと泉の水が振る舞われます。ぐいと飲み干したら御手洗社にお参りして終了。

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あとで調べたところ、通称「足つけ神事」といって、暑気を払い息災を祈願するそうです。「水みくじ」というのがあって、水に浸すと文字が浮かんでくるみたい。いろいろ考えますね。

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この出口は、アニメ「有頂天家族2」で下鴨一家が出入りしていた場所。彼らは(たぬきとしては)糺ノ森に住んでいるはずですが、なんだかここが彼らの家の玄関に見えます。

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売店の店先にアニメのポップが立っていました。さて、糺ノ森を抜けて出町柳へ戻りましょうか。(後編へつづく)

2017年7月25日 (火)

平家物語 犬王の巻 (古川日出男)

平家物語 犬王の巻
平家物語 犬王の巻 』は『平家物語 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09)』を現代語訳した作者による番外編ともいうべき一冊。能を観るようになって興味はあったものの敷居が高かった『平家物語』を初めて読破できたのが、先の日本文学全集だったのです。

本書も語りの文学として、予想以上に面白いものでした。

猿楽の名家に生まれながら、全身あまりの醜さに面をつけさせられ放任された、不遇の子「犬王」と、父親と壇ノ浦に潜っては平家の遺物を引き上げて生計を立てていた「友魚」が出会って物語は始まります。

犬王が生まれたとき「あまりに醜怪で、これはもう毀れた人体がひり出されたのだと思うばかりだった」というのですから想像を絶しています。しかし、そのように生まれついたのには理由があって…。

世阿弥の時代、人気があったのに歴史から消えてしまった犬王と友魚。権力者によって「歴史は作られる」のでした。しかし、だからこそ、よりリアリティをもって犬王の存在を感じることができました。平家物語や能に興味がある方にお勧めします。

お勧め度:★★★★★

追記:能は意外と身近だったりします。能楽堂へ足を運べば観ることができます。愛知県であれば、名古屋能楽堂豊田市能楽堂岡崎城二の丸能楽堂の3ヶ所あります。一般教養だと思って能楽を冷やかしに行ってみてください。意外に気に入るかもしれませんよ。

2017年5月15日 (月)

豊田市能楽堂の「さつき能」を観てきました!

今度の日曜休みにどこか気分転換に行きたくてネットを検索していたら、豊田市能楽堂の2017年5月14日(日) 14:00「さつき能」を発見。ネットから座席予約して支払いは当日会場で、というのも無駄がなくて気に入りました。

演目は狂言「因幡堂」と能「盛久」。平盛久が京から鎌倉まで護送され処刑されるところ、観音様の加護を得て命拾いする話。幽霊が出てきて、生前の恨みつらみを聞かされ、成仏させてくれと迫られるより平和でいい。ネットでは出演者などの情報はわからないけれど「ま、いいか」。

せっかく名古屋から豊田市まで出かけるなら他になにか見るべきもの、食べるべきものはないかと調べたところ、豊田市美術館で「東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展」を開催しています。日曜日の美術館は混むだろうけれど、10時の開館にあわせて行けば時間に余裕はあります。

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嫌な予感は当たるもので、チケット売り場で並び、入館するためにまた並び、たいへんな混雑でした。しかし、最初のほうのちいさな絵でも、緑の山あいを霧が流れていく様子をみると、その場に吸い込まれそうでした。これがもっとおおきな襖や障壁画になったらどうなるのだろうとワクワクします。あいにく人混みは苦手なので、駆け足で見てまわりましたが、海では波の音、風の音が聞こえ、潮の香りが漂い、最後の「山雲」は、山懐で緑の匂いやひんやりした霧に包まれているような錯覚に陥りました。目で見ているだけのはずなのに、音が聞こえ、匂いがして、温かさ冷たさを感じるのです。不思議です。

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豊田市美術館はとても立派な建物で、小高い丘のうえにあり、周囲は公園になっています。散策していると「挙母城(七州城)隅櫓跡」というのがありました。ここは昔、お城があったのですね。なるほど、見晴らしがよいわけです。

豊田市能楽堂は豊田市駅のすぐ東。駅へ戻る途中にあった担々麺と麻婆豆腐の店「虎玄」で「担々つけ麺」をいただきました。

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担々麺をつけ麺にしたらこうなるのだろうなという感じ。シメはつけ汁にご飯を入れて雑炊にしてもらい満腹になりました。ごちそうさま!

まだお昼だから、能までには時間があるので、松坂屋のスターバックスで読書にしました。「トールドリップコーヒーのホットにデイリーとキャラメルソース追加で」とお願いしたら「コーヒーとミルクの割合はどうしますか?」。お、わかってますねぇ。「今日はパイクプレイスか。それじゃコーヒー7割で」。スタッフの対応力も味のうち、ですね。

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豊田市の駅前に降りたとき「豊橋と似てるな。路面電車はないけど」。名古屋から豊田市は、岐阜同様、30kmほどの距離なのに、岐阜がJR快速で20分なのに対して、豊田市までは1時間かかります。地下鉄鶴舞線で名鉄乗り入れとはいえ各駅停車だから仕方ないか。近くて遠い街です。

ちょっと早いけれど能楽堂のある「豊田参合館」という大きなビルへ向かうと3Fから7Fに豊田市中央図書館が入っています。3Fで『本―その歴史と未来 』という大型本を手に椅子に座りました。

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電子本が普及するなかで、紙の本はどうなっていくのか。その意義と未来を問う一冊です。図版が豊富で、シェイクスピアのファーストフォリオの製本例も載っていて『ビブリア古書堂の事件手帖7』を思い出しました。

そのビルの8Fに能楽堂があります。受付で名前を告げて、代金と引き換えにチケットを受け取ります。座席予約してあるので開演に間に合えばいい。急ぐ必要がないのは気楽です。無料のイヤホンガイドを借りると「あ、小さい」。名古屋よりコンパクトでアンテナ内蔵型。これならシャツの胸ポケットに入ります。今回の公演パンフを見ると、囃子方の笛が藤田六郎兵衛で大鼓が河村眞之介。「よしっ!」。わたしはこのおふたりのファン。能のお囃子が好きなのです。

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能楽堂へ入ると「名古屋と同じだ」。そりゃそうですね。

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この能楽堂は全400席。今回は脇正面席に座りました。あとでわかったことですが、ここの椅子はお尻が痛くなるし、ビニールの座面が滑るので疲れます。わたしは1時間が限界です。

開演前、能楽ライターの石淵文恵さんによる演目解説がありました。「盛久」は現在能なので直面(面をつけない)だということもあって、上演される機会が少ないそうです。しかも愛知では珍しい金春流ということで、今回企画した人はチャレンジャーだとか。いいじゃないですか。面白い!

「盛久」の詞章(文章)がパンフレットに挟んであるものの、総論や豆知識など話してもらえると参考になります。能楽ファンを増やすため、演目解説は名古屋能楽堂の定例公演でもやるべきです。詞章は上演中に見ていると舞台が見れないので、わたしは開演前に目を通すだけにしています。イヤホンガイドも石淵さんで(名古屋能楽堂とちがって)いろいろと話してくれます。さすがに能楽の楽しみ方をよくご存知で勉強になります。おなじ能楽堂でも名古屋と豊田ではいろいろとちがいます。ハコではなくココロイキが。

まずは狂言「因幡堂」です。家事を放棄した大酒飲みの嫁が実家に帰った隙に離縁状を送りつけた男が、ひとり暮らしは不便なので、新しい嫁がほしいと京の因幡堂に請願しにいくのですが、噂を聞きつけた嫁が一計を案じます。狂言ってやっぱり漫才の源流だと感じます。狂言は能とちがって聞き取りやすいので初めての方でも抵抗が少ないと思います。今度京都に行く機会があれば因幡堂(平等寺)を訪れてみたいと思います。

ここで20分間の休憩。階段でひとつ上の9Fに上がるとカフェがあって、そこでコーヒーを頼みました。窓外の眺めがいい。

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能「盛久」が始まります。囃子方と地謡が舞台に上がると、ふつうはシテを呼び出すお囃子が始まるのですが、静かなままシテとワキ、ワキツレが橋掛りから入ってきます。これから平盛久が土屋三郎によって鎌倉まで護送されます。盛久は、京を離れるまえに日頃信心している清水の観音へ参詣したいと土屋に頼みます。観音様に手を合わせたところで、控えめに大鼓と小鼓が入ってきて「あ、お囃子のことを忘れてた」。このフェードインはいいです。とてもドラマチック。

輿の屋根だけを傘のようにワキツレふたりが盛久に差し掛けて一行は東へ向かいます。といっても、演者たちはほとんど動かず、まわりの風景だけが過ぎて行く様子がシテと地謡によって語られます。それが「森をすぐるや美濃尾張」は「身の終わり」というように言葉遊びが利いていて面白い。実際には20日余りかかったであったであろう道中で、一行が舞台をくるっと回ったのが2回。鎌倉に着いた盛久は、明日処刑という日、観音経を読誦し、その夜、不思議な夢をみます。

処刑当日、由比ヶ浜に引き出された盛久に振り上げた刀が手から落ちたと思ったら真っ二つに折れてしまいます。盛久の身に起こった奇蹟は源頼朝にも報告され、盛久は罪を赦されます。頼朝に召し出された盛久は烏帽子と直垂を身につけ、宴となります。早速京に戻ろうとする盛久を呼び止めた頼朝は、盛久に舞を一差し所望します。待ってました。わたしは男舞(直面の男、主として武士が舞う舞。笛、大鼓、小鼓が囃すテンポの速い壮快な舞)が好きなんです。だって、かっこいいじゃないですか。

お囃子が急にアップテンポになり、舞台は一気に盛り上がり、盛久は扇を手におおきく舞います。ポール・マッカートニー&ウイングスが歌った映画『007 死ぬのは奴らだ』の主題歌 "Live And Let Die" のように、静かに始まった曲が途中からテンポが速くなるのを思い出します。そう、男舞はロックなのです。

そういえば、大鼓も笛も名古屋能楽堂ほど響きません。座席の位置にもよるのかもしれませんが、あまり響くと耳が痛いのでこれくらいでちょうどいいかも。最後の男舞はシテと囃子方を含めて、一体感と緊張感があってよかった。すばらしい!

今回の「盛久」には大満足です。良い舞台をありがとうございました。

2017年4月 3日 (月)

第15回 名古屋片山能を観てきました!

2016年9月の「第14回 名古屋片山能」で、生まれて初めて能を観て、思っていたより面白く、お囃子も気に入って、その後も続けて観てきて、今回が8回目の能楽鑑賞になります。名古屋能楽堂は「バックステージツアー」も体験して、すっかり慣れました。

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今回も能が2本立て。「忠度」と「殺生石」です。

能楽の公演は、能だけでなく、狂言や舞囃子、仕舞なども演じられることが多いのですが、名古屋片山能は1時間ほどの曲を2本となっています。お目当はあくまで能ですし、あまり長時間になると疲れるので、この番組構成はありがたい。

もうひとつ、笛が藤田六郎兵衛、大鼓が河村眞之介なのも(わたしにとって)魅力です。ただ、今回イヤホンガイドを聞いていてわかったのですが、お囃子にはワキを呼び出すもの、シテを呼ぶもの、祈りを表すものとパターンがあるようです。演目によって全部異なるわけではないようです。そう思って聞くと「なるほど、そうかも」。

能「忠度」は「平家物語」の平忠度が主人公。武士なので修羅物かと思ったら幽霊になって出てくるので夢幻能? ワキである旅の僧が須磨の浦を通りかかり、1本の桜の木に惹かれます。そこへ現れた老人に一夜の宿を求めると「行き暮れて 木の下蔭を宿とせば 花や今宵の 主ならまし」と和歌で返したのでした。名古屋能楽堂南の桜も4分咲き。能舞台にその桜を1本持ってきたつもりで観ていました。そういえば舞台正面の鏡板は老松から若松に変わっています。

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さて、旅の僧が桜の木陰で眠っていると、夢の中に忠度の幽霊が現れ、自分の歌が「詠み人知らず」として千載集にあるので作者名を入れてほしい旨、藤原定家に伝えてくれるよう頼みます。後シテの忠度の衣装は美しく、勇ましくもどこか優美な舞いは、まさに夢のようでした。

能「殺生石」は小書きに「白頭」とあります。先月の名古屋宝生会での能「是界」も「白頭」でした。ワキである玄翁という高僧が登場します。旅の僧の衣装よりも豪華です。下野国、いまの栃木県を通りかかると、ある石のうえを飛ぶ鳥が落ちていきます。不思議に思っていると、女の声で「その石に触れてはいけません。触れると死んでしまいます」。


昔、鳥羽上皇の寵姫だった玉藻前(たまものまえ)が実は妖狐の化身であり、陰陽師に見破られ那須野の原まで逃げたけれど、ついには討たれて、そこにあった巨石に取り憑き殺生石となったのでした。玄翁が経をあげていると、石が割れて野干(やかん=狐)が飛び出してきます。過去の出来事を語り終えると、仏法に導かれて消えていったのでした。めでたし、めでたし。

こちらの後シテは白頭に金の衣装。ピカピカで妖しい。美しい衣装を間近で見ることができるのも、能の魅力のひとつです。あの世である「鏡の間」から「橋掛り」を通って、現世である「能舞台」に現れた者は、まさに「この世のものとは思えない」わけです。シンプルな能舞台を想像力で補って鑑賞すると楽しめます。

「殺生石」の最後で、地謡、小鼓、大鼓がピタッとタイミングがあって終わったのが素晴らしかった。こういう瞬間こそが能の醍醐味。思わず拍手しそうになったのですが、橋掛りを退場するタイミングで拍手するものらしいので遠慮しました。こういうときは歌舞伎のほうが自由ですね。

次回「第16回 名古屋片山能」は2017年9月10日(日) 14:00開演。能「葛城」と能「大会(だいえ)」です。

また、昨年伺った「内子座文楽」の案内が届きました。今年は2017年8月19日(土)〜20日(日)に「芦屋道満大内鏡」を上演するとのこと。ネットからチケット予約、購入できますが、桟敷席は注意してください。2階の東桟敷席は床の真上なので、太夫と三味線がまったく見えません。また、今回花道を使うかもしれないそうで、その場合は2階の西桟敷席もよく見えないかもしれません。初めての方は、目当ての座席で問題ないかどうか問い合わせてから決めることを強くお勧めします。

名古屋能楽堂の自由席の席選びはいつも迷います。最前列は舞台には近いのですが、目線が低いため、舞台の床がかろうじて見える程度。最後列のほうが、やや上から見下ろす形になって見やすいのです。遠くてよく見えない場合は双眼鏡を使えばいい。あとは角度によってシテ柱の影になる部分をどこに持ってくるかが問題。わたしはお囃子がちゃんと見える席を選びます。また、前後左右を囲まれた状態は息苦しいので端っこの席を選びます。指定席だと動けませんが、自由席なら避難できるので好都合。ですから「どの席がいいか」は一概にはいえません。なにを優先するかで決めましょう。

2017年3月21日 (火)

第61期 第2回 名古屋宝生会 定式能を観てきました!

名古屋宝生会の公演はちょっと高いので敬遠してたのですが、一度観てみることにしました。日曜の13時開演ですが、12時半から演目解説があるらしい。ということは12時に名古屋能楽堂に着けばいい。ということで自転車でやって来ました。

チケットは全席自由席で5,000円。コンビニで買うと発券手数料がかかるので、栄に出たついでにナディアパーク8階にある名古屋市文化振興事業団チケットガイドで購入しました。

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12時に開場されたものの、お客さんは少なめで、好きな席を選ぶことができます。のんびりしていて良い感じ。12時半に、舞台上に白頭と赤頭の実物が用意されて解説が始まります。舞囃子と仕舞は、能のダイジェストで、面と装束を着けないものだと初めて知りました。演目の内容だけでなく、能に関する知識が得られるのがありがたい。わかりやすく、ためになる解説でした。こういう地道な活動が能の普及に役立つはず。ふと見回すと開演直前には座席はだいぶ埋まっていました。

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解説が終わると、舞囃子の「花月」と「桜川」という親子再会の物語です。藤田六郎兵衛さんの笛が聴きたかったのが本公演を観ることにした理由のひとつ。河村裕一郎さんの大鼓は力強くてびっくり。一方、後藤嘉津幸さんの小鼓は優しい。革ではなく硬い木を打ち合わせたような鋭い響きの大鼓に、ポォンと柔らかい小鼓は、まさに硬軟の組み合わせ。短い演目でしたが、聴きごたえがありました。個人の芸がうまく噛み合う一瞬があって、その瞬間に立ち会いたくて能楽堂に足を運んでいるのです。

狂言の「附子」(ぶす)は面白かった。外出する主人は太郎冠者と次郎冠者に附子という毒に気をつけるようにといって預けて留守番を命じます。最初おっかなびっくりだった二人ですが、好奇心に負けて近づいて、蓋を取り、中身を見て、なめてみて「これは砂糖じゃ」。二人掛かりで美味そうに食べます。さて、主人が帰ってきたとき、どう言い訳するのやら…?

つづいて仕舞「経政」「歌占」のあと20分間の休憩。そして最後に能「是界」(ぜかい)です。

中国の天狗「是界坊」が日本に乗り込んでくるお話。まずは愛宕山の太郎坊を訪ねて作戦会議。日本の仏法を妨げるのであれば比叡山だろうということに。ただ不動明王が出てくるとやっかいだとの不安もあるようです。天狗の日中連合軍が攻めてきたということで、比叡山の僧が不動明王の加護を念じたところ、明王と十二天が現れ、天狗の力を削いだため、是界坊は地に落ち「二度とこんな国には来るもんかぁ」といって帰っていきましたとさ。めでたし、めでたし。

圧巻はやはり後シテの是界坊です。「白頭」という小書きがついているので、赤ではなく白い頭をつけて登場し(目に見えない)明王との戦いの末、橋掛りにガクッともたれかかるところなど、映画俳優みたいでかっこよかった。

次回は6月18日(日)に能「半蔀」「邯鄲」があります。いつも日曜開催なのがありがたい。「邯鄲」は『能・狂言/説経節/曾根崎心中/女殺油地獄/菅原伝授手習鑑/義経千本桜/仮名手本忠臣蔵 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集10) 』に現代語訳が載っているので予習しておきましょう。現代語訳をみると地謡もストーリーを支えているのに、実際にはなにを言っているのかさっぱりわからないのが残念です。イヤホンガイドも逐語訳するわけではないので参考になりません。

五木寛之の『親鸞 完結篇 』を読んでいると、釈尊の教えが文字ではなく、声で語り伝えられたことについて、親鸞いわく「その時、その場所、そこにいた人びと。そして釈尊の声があり、表情があり、気配がある。それは、ただ一度きりのものなのだ」。それはまさに能の舞台のようです。歌舞伎や文楽はある時期、毎日おなじ公演を繰り返すけれど、能は原則その日、その時の一度かぎり。しかも舞台監督がいないから、リハーサルもない。偶然が生み出す瞬間を待つのも能の楽しみのうちだと思います。

2017年2月12日 (日)

平家物語をラジオで聴く

先日、池澤夏樹編集の日本文学全集『平家物語』を読んで、実際の琵琶での語りを聴いてみたいと思っていたのです。

日曜の朝、ふとラジオをつけたら、なんと琵琶で「祇園精舎」が始まりました。当然ながら、本を読むよりもずっと時間がかかりますが、それでも5分くらいだったでしょうか。琵琶を撥で弾きながら、独特の節回しで語ります。なるほどなぁ、琵琶法師がこんな感じで語るのを聴いていた人たちがいたんだ。

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以前、同じラジオ番組で、狂言が流れたことがあります。しばらく黙って聴いていたのですが、なにを言っているかわからず、パソコンで検索し、あらすじを把握してようやくついていくことができました。ふだん能舞台で見ているものを耳だけで聴くのは妙な感じです。

でも「聴く」ことは能、狂言、文楽、歌舞伎すべてに共通しています。狂言は「ござる」ことばと独特のイントネーションがあって、他とは異なることがよくわかります。

ラジオから邦楽が流れてきたら、以前は即座に選曲を変えていたのに、伝統芸能を観るようになってからは常磐津(三味線)も聴いてみるようになりました。

先月、SONYのAM/FMラジオを長男にプレゼントしてもらったのです。いまどきラジオ番組もネットで配信されていて、電波状況に左右されず快適に聴くことができるのに、なぜわざわざラジオ?

時間帯やアンテナの向きによって聞こえたり聞こえなかったり、かと思うと外国語の放送が聞こえたり、面白いじゃないですか。それになんでもかんでもネット頼みというのはイヤなのです。

本を「読む」のも好きですが「聴く」ことももうすこし意識してみようと思います。

2017年2月 9日 (木)

平家物語 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09)

平家物語 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09)
平家物語 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09) 』は、わたしが初めて読破した「平家物語」です。同シリーズの「能・狂言」を読んだら面白かったので、能や文楽の出典となっている平家物語は読んでおきたかったのです。

京の治安維持や反乱の鎮圧など、武力を必要とした朝廷が、平清盛に介入、蹂躙され、ついには帝が幽閉されるまでに及び、頼朝、義仲ら源氏の巻き返しに遭って滅びる物語。900ページ近い大作です。

文中に出てきた人名、地名、寺社名などをパソコンで検索しつつ読み進めました。平家の家系図と御所の見取り図はいつでも見れるようにしておくことをお勧めします。

三の巻の「足摺」は、能「俊寛」の元ネタ。菊池寛、倉田百三も「俊寛」という小説を書いています。平家に対する反乱(鹿谷事件)に加わったとして流罪となった俊寛。清盛の娘・徳子(建礼門院)が高倉天皇の世継ぎ(安徳天皇)を生んだという慶事により、共に流された成経と康頼は赦免され都に戻ったのに俊寛だけ取り残され絶望して死んでしまうという、ただそれだけのストーリー。平家物語によると俊寛は名僧とはいえないようなのですが一体そういう人物だったのか、反乱謀議ではどのような立場だったのかがよくわかりません。

後日、俊寛に仕えていた有王が、俊寛の娘の手紙を携えて島を訪れるわけですが、芥川龍之介は「俊寛」で有王に「俊寛様の話くらい、世間に間違って伝えられた事は、まずほかにはありますまい」と言わせています。これがいちばん「ありそうな話」にわたしには思えます。

なぜ「俊寛」がこのようにあちこちで取り上げられるのか。仮にも僧都が、自分も御赦免船に乗せてくれと、恥も外聞もなく泣きわめくなどみっともないったらありゃしない。清盛亡きあとの宗盛や維盛も含めて「平家物語」は敗者、弱者を描きたかった、というか、その無常観が時代の空気だったのかもしれません。

それと、この時代には霊魂や幽霊が信じられていたというか、ほんとうに存在したような気がします。だから、能では成仏できない幽霊がたくさん登場するのでしょう。

敦盛の最期、那須与一の見事な弓、屋島の合戦後、義経が頼朝に追討される下りなど、有名なお話がたくさん出てきます。なにより安徳天皇が可哀想。読み方は人それぞれ。これまで「平家物語」に挫折してきた方も、この本なら読破も夢じゃない。

わたしが読破できた鍵は、図書館で借りたことにあります。2週間という返却期限付きだったのが奏功しました。購入していたら今も積んだままになっていたと思います。(苦笑)

お勧め度:★★★★★