日記・コラム・つぶやき

2017年6月 6日 (火)

珈琲に誘われて伊勢参り(後編)

伊勢の外宮前観光案内所で借りたレンタサイクルで猿田彦神社へ向かいます。

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県道32号線を南下していけば、左手に猿田彦神社があり、そこを右折すればおかげ横町と内宮です。4km弱なので自転車で20分くらいでしょうか。歩道が狭くて走りにくいのと、多少坂道でしたが、無事猿田彦神社に到着しました。

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パンフレットにもあるように、拝殿正面に「方位石」がありました。

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拝殿脇のベンチに腰掛けて休憩していたら、白無垢の花嫁さんが写真撮影に登場。結婚式があったようです。ふたりの息子たちのために「みちひらきの大神」の御守護をいただいて帰ります。

内宮の一般駐車場はすでに「満車」。おかげ横町の入口脇に自転車を停めて内宮へ向かいます。

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あ、太鼓櫓だ。以前来たのはいつだったろう。でも、ひとりで来たのは初めて。なんだか新鮮です。

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ふくすけで伊勢うどんをいただきました。伊勢で食べる伊勢うどんは初めて。わかってはいたものの、麺が太くてやわらかい。その食感は「カフェびあんか」のフレンチトーストを思い出します。熱田神宮のきしめん同様、参拝客が手早く空腹を満たすことができるから重宝されたのかも。

近くの店で「電気ブラン」を売っていました。ほんとうにあるんですね。森見登美彦の『有頂天家族』に「偽電気ブラン」が出てくるのだけれど、架空のお酒だと思っていました。

あちこちで赤福を売っていますが、わたしは苦手。おかげ横町はよくできた観光施設だと思いますが「いかにも観光地」というのは苦手なので、まっすぐ内宮を目指します。(われながら苦手なものが多いな…)

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内宮の宇治橋は右側通行です。

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この場所は覚えています。内宮の拝殿前。午前10時なのに、すでに混雑しています。長居すると疲れるので、神様へのご挨拶を済ませると即離脱。

内宮から伊勢市駅のほうへ戻り、東を迂回してJRと近鉄の線路を越えて「伊勢河崎商人館」を目指します。勢田川沿いの古い町並みが残っている地域があるのです。細い道を北へ向かうと、所々に洒落たお店があります。途中、蔵を改造したカフェがあって、表の黒板の「中村さんのコーヒー 400円」という変わったメニューに惹かれて休憩することにしました。文字通り「河崎 蔵」というカフェです。

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「コーヒーは酸味系と苦味系のどちら?」「苦味系で」「シフォンケーキにはホイップクリームをつけますか?」「はい、お願いします」。ジャズピアノがBGMで、時間がゆっくり、のんびり流れます。おかげ横町のような活気はないけれど、ここも伊勢です。ホッとして、くつろぎます。

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もうすこし北へ行くと左手に「伊勢河崎商人館」がありました。ここは酒店だったそうで、裏には蔵がたくさん。松坂の本居宣長の影響もあって、店主が国学や和歌に凝って、蔵書もたくさん。古今和歌集など、当時としてはひと財産だったのではないでしょうか。ページを開いて見てみたい。実物でなくてもいいからデジタルアーカイブなどで見ることができるとうれしい。

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そう、日本初の紙幣というのも展示してありました。のちの藩札ですね。見た目は本の栞みたい。

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予定どおり4時間でレンタサイクルを返して、伊勢市駅から近鉄に乗って帰りました。あとは、東京に行く機会があれば、恵比寿の猿田彦珈琲に寄らせてもらいます。それでコンプリートです!

おしまい

2017年6月 5日 (月)

珈琲に誘われて伊勢参り(前編)

すべての始まりは珈琲でした。

猿田彦珈琲のギフトセットを長男が贈ってくれました。ブレンドとフレンチの珈琲豆が100gずつ、グラノーラと珈琲カステラが入っていました。

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さらに、中から猿田彦神社のパンフレットが出てきました。

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はて? 猿田彦珈琲は東京・恵比寿にあって、猿田彦神社は伊勢のはず。どういう関係なのか、ネットで調べてみて「ノリが軽いな」(笑)。お得意のコラボ?

猿田彦ブレンドをペーパードリップで淹れてみました。細挽きなので落ちるのに時間がかかります。くわしいことはわかりませんが、独特の味がします。一般的なブレンドにちょっと薬味が加えてあるような味。個人的にはもうすこし酸味控えめが好みかな。

一方の猿田彦フレンチは深煎りストレート。癖がありません。チョコレートケーキの味を引き立ててくれます。もちろんアイスにしても美味しい。

グラノーラの原材料は「オートミール、きび砂糖、メープルシロップ、バター、クルミ、アーモンド、あんず、クランベリー、りんご、小麦ふすまフレーク、いちじく、カボチャの種、亜麻仁、ひまわりの種、ごま、コーンフレーク、塩」と上等な感じ。ヨーグルトにトッピングしたら美味しかった。

珈琲カステラは、珈琲といっしょに食べたら珈琲の味がわからんかった。牛乳の方がいいかも。ともあれ、いろいろ美味しくいただきました。今回もらった珈琲ギフトを楽しみ尽くすには、残るは「お参り」ですね。

神社のパンフを手に、名古屋駅から近鉄に乗って伊勢に向かったのでした。

じつは当日の朝まで迷っていたんです。伊勢神宮は混雑するだろうし、意外に遠いし、眠いし。でも、もうすぐ梅雨入りという時期に見事に晴れています。これは神様が来いとおっしゃっているのだろうと腰を上げたのでした。

電車に乗るときは、Apple Watch 2 内蔵のSUICAを使っているのですが、Watch OS 3.2.2 ではSUICAにチャージした金額が正常に表示されません。お願いだからアップデートにバグを仕込まないでほしい。>Apple この問題はWatchをヘルプモードにしても直らず、一度改札を通るか、コンビニで買い物すれば正しい金額が表示されます。つまり残高ゼロだったら手詰まりだったわけで、恐ろしい。

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猿田彦神社は内宮(ないくう)に近いので、伊勢神宮もお参りしましょう。外宮(げくう)から先にお参りするものらしいけれど、内宮への移動はバスになります。でもバスより自転車がいい。レンタサイクルが外宮前の観光案内所と、宇治山田駅前にあるようなので、外宮前に観光案内所が開店する8:30到着を目指します。

休日に観光地に行くときは朝一番に出発して早めに帰宅するようにしているのですが、特急ではなく急行の所要時間100分は(寝不足のため)眠くて死にそうなうえにお尻が痛くて辛かった。

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名鉄電車の伊勢市駅をJR側出口に出て、正面の石の鳥居をくぐり、まっすぐ外宮に向かって歩きます。すると左手(鋭角に曲がってすぐ)に「カフェびあんか」があります。珈琲で目を醒ましたいし、30分ほど時間があるので休憩させてもらいましょう。

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モーニングセットの「バターブレンドコーヒー+フレンチトースト」を頼みました。

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ふわふわトロトロのフレンチトーストはパンというよりケーキみたい。バターブレンドというから構えたものの、ふつうに美味しいブレンドでした。

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外宮前観光案内所でレンタサイクルを借りました。わりに新しい3段変速車が4時間まで500円。時間延長するときは電話してほしいとのこと。予約できるようなので、複数名で借りるときは予約したほうが確実。さて、4時間でどこまで回ることができるでしょうか。

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外宮はすぐ目のまえ。衛士見張所横の駐輪場に自転車をとめて表参道火除橋を渡ります。第一鳥居をくぐるとそこは唐突に森のなか。明治神宮を思い出しながら「なんだかテーマパークみたい」。

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外宮の正宮にお参りしたのち、土宮、風宮、多賀宮にもお参りしました。

さて、外宮をあとにして、自転車で猿田彦神社と内宮へ向かいます。

(後編へつづく)

2017年3月11日 (土)

枕草子/方丈記/徒然草 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07)

枕草子/方丈記/徒然草 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07)
枕草子/方丈記/徒然草 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07) 』は、学校で習ったことはあっても全文を読み通したことがないので試しに手にとってみました。2016年10月に「岩瀬文庫」で見た枕草子の写本がまったく読めなくてショックを受け「それなら現代語訳で」と考えたのと、同シリーズの『平家物語』を読むことができたので、枕草子もなんとかなるのでないかと期待してのことです。

一条天皇の中宮定子に仕えた宮中で見たこと、聞いたこと、感じたことを軽妙なタッチで描き出す清少納言。「春はあけぼの」が「春は夜明けが好き」。胸がときめくもの、満ち足りるもの、気がかりなものはよいとして、いたたまれないもの、あきれはてるもの、憎らしいものをいくつも思い出して数え上げるというのはあまり楽しい作業とは思えません。馬は、牛は、猫は、滝は、川は、里は、草は、と書き連ね「歌集は万葉集、古今集」。宮中の様子や出来事を垣間見ることができるのも興味深い。宮中では鶯が鳴かないというのは本当でしょうか。

『方丈記』の現代語訳には驚きました。なにせタイトルが「モバイル・ハウス・ダイアリーズ」です。荒れ果てた京の町は物騒だからと、南の外れの日野にちいさなあばら家(掘っ建て小屋?)を建てて暮らしていたようです。地名、人名などの固有名詞がカタカナ表記になっていることもあって、方丈記だと知らずに読んだら、12世紀のSF小説かと思ってしまいます。30頁ほどの短い文章なので、高校生にタイトルを伏せて読んでもらい感想文を書かせたら面白そう。方丈記だと看破する人もいるでしょう。1180年の福原京への「首都移転」は『平家物語』にもありましたっけ。同じ出来事でも、見る人によって捉え方がちがうのがおもしろい。

『徒然草』が個人的にはいちばんおもしろかった。ひきこもりのボッチかと思ったら、宮中のことを知っているし、和歌や芸能にも通じてる。兼好というのは何者かと思ったら、父親が吉田神社の神職で、宮仕えもしていたけれど、その後出家したらしい。41段の「賀茂競馬」がいまでも行われているのはすごい。188段では「一事を必ずなさんと思うならば、他のことを破っても悔いてはならない」。202段では神無月には神様は伊勢に集まるとあるけれど、それって出雲じゃないのかな。226段では平家物語の作者は信濃前司行長とある。242段に「人間が求めるもの。第一に名声、第ニは色欲、第三は美味である」。1番目と2番目はわからないけれど3番目は同感です。

おかげさまで、ざっとではありますが、枕草子、方丈記、徒然草を読んで、どういうものなのかはわかりました。ふだん読んでいる時代小説とちがって、その時代を実際に生きている人が書いたものはひと味ちがいました。

お勧め度:★★★★★

2016年12月21日 (水)

名古屋能楽堂バックステージツアー:能舞台に立つ

名古屋能楽堂には「舞台公開日」というのがあるのですが、行ってみたら客席から舞台を見るだけ。それではいつも見ているのと同じです。がっかりしていたら「バックステージツアー」なる企画(事前申込制、有料300円)があるとのこと。そこでは楽屋や鏡の間、橋掛りから舞台と、能楽堂の裏側を見て回ることができるのです。鏡の間から先へは白足袋を履いていなければ立ち入ることができません。

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受付を済ませると、上のような資料とスリッパを渡されます。客席に座って白足袋に履き替えるのです。まずはそこで能楽堂の構造などについて説明を受けます。定員40名なので2グループに分けてバックステージを見学します。参加者の8割は女性でした。

まずは楽屋です。旅館の大広間みたいですが、一部屋ずつ「囃子方」「狂言方」「ワキ方」「シテ方」そして「装束の間」に分かれています。いちばん手前の「囃子方」の隣には大鼓の乾燥室があり、そこで炭を燃やすようになっています。一方、小鼓は適度な湿気が必要だとか。むずかしいですね。

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いちばん奥には「作り物の間」があり、作り物の材料が保管してあります。ピンクのカバーがかけてあるのが「道成寺」で使う釣り鐘です。高さ180cmくらいあって重さも50〜60kgあるとか。舞台の天井にはこれを吊り下げるための滑車がついています。

ただ、骨組みしかなくて、公演ごとにこれに布を貼って仕上げるそうです。公演は基本的に1回限りだから、その都度作り物を用意するのは無駄な気がしますが、流派によってもちがいが出るので仕方ないのか、伝統が合理性を覆い隠しているのか。

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実際に能面をつけて廊下を歩いてみましたが、能面は自分が見やすいようにつけるのではなく、見た目が美しいように付けるのだとか。顎が1cmほど見えるように付けるように言われてやってみたのですが、両手を前に伸ばして人差し指と親指で円をつくったくらいの視界です。舞台では足元を見ようと下を向くわけにいかないから大変です。

さて、装束の間で着付けをしたら、廊下の向こうの「鏡の間」に入り、鏡のまえで面をつけます。

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そして、揚げ幕の両端の竹をふたりで息を合わせて立てることで幕が上がります。

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揚げ幕を潜って橋掛かりを渡ります。あの世からこの世へ渡っていくわけです。床板は縦に貼ってあります。試しに踵を上げないようにすり足で歩いてみたけれど意外と難しい。速くは歩けません。

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橋掛かりと本舞台の床板は縦ですが、その間の後座は横に貼ってあるので、面で視界が限られていても、足裏の感覚でどこにいるかがある程度感じ取れるそうです。でも、床面は平らで、それほどはっきりとはわかりません。それだけ神経を研ぎすませているということなのでしょう。

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本舞台です。天井の照明がかなり眩しい。床下は空洞で、コンクリートで音が響きすぎないように吸音材が置いてあるとか。昔の能舞台は瓶を置いて共鳴させていたのとは対照的。踵でドンっと床を踏むと、いい感じに響きます。地謡座あたりに正座したら、床は温かみがあって気持ちよかった。ただ、わたしは10分以上の正座は無理。よく見ると床には細かい傷がたくさんあります。

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老松を描いてある鏡板の裏側です。ここから床下を覗くことができますが、真っ暗でなにも見えませんでした。来年は老松を若松に替えるそうです。(若松は常設展示中)

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たいへん興味深いバックステージツアーでした。そう、これなんです。表側ではなく裏側が見たかった。これで一層「能楽」が身近に感じられるようになりました。ありがとうございました。

2016年12月19日 (月)

パンシノンのシュトレンに酔う

岐阜・柳ケ瀬にあるパンシノンで買ってきたシュトレンの包みを開けてみました。

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ビニール袋に包まれた紙ねんど? いや、硬いから石膏?

シノさんが話してたのはこのことだったのか。日持ちするように砂糖でコーティングしてあるって。塩釜ならぬ、砂糖釜。

封を開けて、端っこから5mm幅で3切れ取って齧ると、砂糖の甘さとバターの香り、くるみやドライフルーツのカリッとした食感が楽しい。パンとクッキーの合いの子。

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クリスマスシーズンには『34丁目の奇跡』がいい。映画を見ながらシュトレンをちまちま、ちょっとずつ齧ってるとほっこり、幸せの味がします。

あれ、なにかおかしい。顔が熱くなってきたぞ。シノさん、一体どれだけお酒を入れたの!? 酔っぱらっちゃったじゃないですか。幼い頃「奈良漬食べて酔っ払った」と亡父に散々からかわれたのは伊達じゃない。「シュトレンに酔う」は比喩ではなくマジです。

寝る前に2切れ、晩酌シュトレン!

2016年12月18日 (日)

岐阜・柳ケ瀬探訪:古書と靴とパンと

岐阜の柳ヶ瀬ってどんなところなんだろう?

最初にレンタサイクルで走り回ったとき、あちこちに商店街が伸びていて、一体どこが柳ヶ瀬商店街なのかわからないし、シャッターが下りたままの店も多くて閑散とした印象を受けました。それでも岐阜を何度か訪れ、ネットで調べたお店などを訪ねるうちに、すこしずつ印象が変わってきました。

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毎月第3土曜日はパンシノンの「たまごサンドの日」。名古屋駅から快速で20分とはいえ、頻繁に通うことはできないから、どうせ行くならたまごサンド目当てになるのです。今回は次男を誘ったので、パンシノンだけでは寂しい。周辺で面白そうなお店を探してみました。

まずは「古書と古本 徒然舎」。(古書と古本ってどうちがうのだろう?)

棚ごとにジャンルがちがっておもしろい。普段は気にしない本、絶版になった本など、興味のある本を手にとってみることができます。古書は一期一会。ほしいと思ったら買っておかないと後悔します。『能への誘い』(金春國雄著)は、能楽堂や笛、鼓などの図版が豊富で参考書として使えそう。翌日、名古屋能楽堂のバックステージツアーがあるので絶好のタイミングです。この本で予習しておきましょう。

それと古書ではないけれど「気になる京都3 あの店・あの場所」(風の駅)というミニコミ誌?を「おさんぽパンMAP3付き」に惹かれて買いました。今度京都に行くときに持っていってパン屋さん巡りをしよう。そう、わたしはおいしいパンが大好きなのです。

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次に向かったのが「やながせ倉庫」。古い2階建てアパートを改造して、カフェ、アクセサリ、古書、革製品、衣料品などを扱う小さなお店が入っています。名古屋でいうと「覚王山アパート」を大きくしたような感じ。

「革工房 COMOC」で、靴のサイズ、色、靴底の種類を選ぶセミオーダーでお願いしました。「年内は無理ですよね」「えぇ、1月もちょっと…春までには」。忘れた頃にできそうです。即日配達のネット通販に慣れた身には新鮮。おおらかで良いなぁ。お気に入りの ROCKPORT のローファーが、靴底がすり減って駄目になったのが悔しかったので、気軽に靴底を貼り替えてもらったり、修理してもらえるとうれしい。

すぐ近くのツバメヤで、おやつに「大地のどらやき」を買ったら「大地のカステラ」というのがあった。「名古屋店で扱っていたのをこちらでも扱うことになりました」。逆輸入ね。大名古屋ビルヂング店は行列できてて近づけなかった。本店のほうがいい。今度はカステラも買ってみよう。

パンシノンへ向かいます。上の写真の右端はシュトレンです。長さは20cmくらいだけど、ずっしり重たい。今回初めてカウンターに座りました。なにはともあれ、たまごサンドです。「パンの耳付きで」「耳は落として、添えていいですか?」「あ、はい」。

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なるほど、こう切りたかったから耳は落とさなければならなかったと。「盛り付けが変わったんですね」「えぇ、進化してます!」。いつもながら美味しい。このために岐阜まで来ているようなものです。シノさんは「だし巻き卵を極めたいんです」。ぜひ極めてください。楽しみに待ってます。

これだけだと物足りないので「おまかせプレート」をひとつ頼んでシェアします。

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このクロワッサンがシャクシャクですごく美味しい。わたしはこのクロワッサンが日本一だと思います。でもテイクアウトで温めて食べても、お店ほどシャクシャクじゃない。悔しい。なにが違うんだろう。焼き立てじゃないから? 今度訊いてみなくてはなりません。下の写真はクロワッサンとメロンパン。小さめのメロンパンはやさしいお味でした。

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たまごサンドもその場で焼いて作ってくれるし、イートインはひと味ちがいます。明るく気さくなシノさんとの会話も楽しい。女性グループのお客さんが「ウサギが食べるようなサラダをください」と頼んだら「それじゃニンジン多めで」。「ピーターラビットかよっ」と心のなかでツッコミます。たしかに、ここで出てくる野菜はおいしい。おまかせプレートに付いてきたごぼうのポタージュもコクがあっておいしかった。それもシノさんのこだわりなのでしょう。「パンの耳もほんとは揚げて砂糖まぶしたいんです」。

ここではパンを焼いている女性スタッフがパンを売っているし、調理、接客をしてくれるから「この人たちがつくってくれたパンなんだ」というのが見えるのが良い。おなじパンでも、より身近に感じられます。お店によっては売り子さんが別だったりするじゃないですか。それだと誰が作っているのか見えなくて寂しい。

パンシノンは「パンとワインのお店」だそうですが、表の「パンシノン」は仮の姿。真の姿は、奥の「バールシノン」にあります。テイクアウトだけじゃもったいない。ぜひイートインしてみてください。

なにを商っていても、お店を決めるのは「人」です。本や靴やパンが好きな人間同士の付き合いがあってこそ。ただモノがほしいだけならAmazonで済ませてもいいけれど、訊きたい、語りたい、浸りたいなら店に足を運ぶべき。

足を運ぶ価値のあるお店が柳ヶ瀬にはあります。

2016年11月14日 (月)

2016 やっとかめ文化祭 辻狂言「膏薬煉」を観てきました!

KITTE名古屋での「やっとかめ文化祭」は、ストリート歌舞伎を終え、端唄、「なごやうた」と続きます。2Fから見るとこんな感じ。舞台が小さいことがわかります。

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本日の辻狂言は「膏薬煉」(こうやくねり)。鎌倉と都(京)の膏薬煉がお互いの名声を聞いて、どれほどのものか確かめてやろうと旅に出て、ある場所で「薬臭い」「松脂臭いぞ」と偶然出会ったのでした。

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ふたりはまずは膏薬の名称と系図(由来)について交互に話します。鎌倉の膏薬を親指の腹に塗り、暴走した馬に向かって「吸え、吸え」というと見事に馬を吸い寄せたというのです。都の膏薬は、清涼殿の東庭におおきな石を置くのに、親指に塗って「吸え、吸え」というと見事に石が持ち上がって置くことができたとか。

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つづく薬種自慢では「空を飛ぶドウ亀」「榎の枝になる蛤」「6月30日に降った雪の黒焼き」「千尋の深さの海の底に生える筍」など、いかに珍しい材料を使っているかという、おかしなホラ吹き合戦になっています。

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最後は、どちらの軟膏が吸う力が強いか、鼻に塗って勝負しようということになり、睨み合って「あっち向いてホイ!」が始まります。さて、勝負はどちらが勝つのやら…。ほんと、狂言は古典漫才です。

KITTE名古屋であれば、もうすこし大きな舞台かと期待したのですが、円頓寺商店街のときと同じでした。1.5m×3mちょっとでしょうか。登場するのはふたりだけですから、十分な広さに思えるかもしれませんが、本来能舞台は6m四方ですから、それに比べるとかなり狭いのです。冒頭、左奥の常座に都の、右手前のワキ座に鎌倉の膏薬煉が座るのですが、その間2mもないでしょう。コロンと床を一回転するときなど舞台から落ちないかとヒヤヒヤします。

この舞台を見ていて『出雲の阿国』を思い出しました。歌舞伎を生み出した阿国の一座は、京都は鴨川の河原に舞台を設えて演じていたのです。土間ではなく、木を組んだ舞台があれば御の字だったとか。その舞台がこんな感じだったのではないでしょうか。名古屋市中、どこへ持っていっても舞台として設えることができる最大サイズがこれなのかもしれません。

演目がひとつ終わるたびに、演者が参加する次回イベントがあれば、司会が紹介するのですから「狂言(能)は名古屋能楽堂へ行けば見ることができる」ことを案内するべきだと思います。そうすれば、偶然通りかかって見た辻狂言でも「次に繋げる」ことができます。それでこそ「文化祭」でしょう。

来年、第5回「やっとかめ文化祭」を楽しみにしています。

2016年11月13日 (日)

2016 やっとかめ文化祭 ストリート歌舞伎『悪七兵衛景清』を観てきました!

やっとかめ文化祭」の本日の会場はKITTE名古屋1Fです。3Fまで吹き抜けになっている、お洒落な空間です。開演まで時間があるので、スタバでコーヒーを買って、JOUVAUDでクロワッサンを買って食べたらおいしかった。歌舞伎は一度しか見たことがありませんが、ストリート歌舞伎ってどんなものなのでしょう。

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『悪七兵衛景清』ということは平家物語の弓流し。「遠からん者は音にも聞け。近き者は目にも見ろ。われこそ、京の童がうわさする、上総悪七兵衛景清だ」ですね。

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歌舞伎にダンスパフォーマンスを加えた演出。黒い幕を持ってくるから何をするのかと思ったら人形劇が始まりました。

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しかし、いくら人形といえども姫さまを裸に剥くというのはどうかと思います。

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船上の扇を見事射抜いた那須与一が景清と戦います。そう、扇を射るときは2Fに登場しました。

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最後に全員登場して、景清が「土蜘蛛」のような蜘蛛の糸を投げてハイ、ポーズ! 歌舞伎らしいエンディングでした。

2016年11月 6日 (日)

2016 やっとかめ文化祭 辻狂言「寝音曲」を観てきました!

能といっしょに狂言も観るようになったのですが「辻狂言」というのがどういうものか知りたくて、名古屋は円頓寺商店街の「やっとかめ文化祭」に行ってきました。同時に「ブックマーク名古屋」という古本市もやっていてにぎやかでした。

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予定より早く着いたら、アーケードの下の小さな舞台では「三河漫才」を演じていました。家の門口で行って金品をもらう「門付け」っていうんですよね。5人がにこやかに歌って踊っています。2畳ほどしかスペースがないので狭くてやりにくそうでしたが、終始にこやかだったのが印象的でした。

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次は「津軽三味線」です。じょんがら節だけでなく、童謡「どんぐりころころ」を東北風、名古屋風、沖縄風にアレンジして演奏したり、ノートPCで打ち込んだ(と思しき)カラオケを流してオリジナル曲を演奏したり、おもしろい芸を披露してくれました。

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そして、辻狂言「寝音曲」です。太郎冠者が酔って唄っていた小唄を聞きつけた主人が、自分のまえで唄ってみろと命じます。ところが何度も歌わされてはたまらんと「酒を呑まねば唄えませぬ」「女の膝枕でないと声が出ませぬ」と難癖をつけます。

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あ、先日名古屋能楽堂で行われた「草薙」でアイをつとめた野村又三郎さんが主人ではないですか。つまり、ここで辻狂言を演じるのはプロ、現役の狂言師です。

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膝枕でないと唄えないのであれば、わしの膝を使えというわけで、そこまで言われたら断れません。太郎冠者は膝枕で小唄を唄います。しかし、一回唄っただけでは主人は納得しません。再度唄わせるのですが、座ったままでは声が出ないというのが納得できない主人は一計を講じます。

あとでお二人にインタビューがあって、野村又三郎さんは能舞台との落差にかなりやりづらいようで「目のやり場に困ります」。たしかに手を伸ばせば届くようなところに観客が立っているのです。いつもは見下ろしている観客が、目線の先にいたのでは勝手がちがうでしょう。「劣悪な環境」のなか、間近で見せていただき、ありがとうございました。

やっとかめ文化祭」期間中、辻狂言は10回あるのですが、毎回異なる曲を演じるようです。11/19(土)は「西尾城址薪能」でも演じられた「成上り」です。

地域のささやかなイベントなのに、中身は思ったより本格的なので驚きました。みなさんもお時間があれば足を運んでみてください。

お勧め度:★★★★☆

2016年11月 4日 (金)

2016 やっとかめ文化祭【観劇記】能:草薙 狂言:昆布売り

名古屋で年に一度開催される「やっとかめ文化祭」。「やっとかめ」というのは名古屋弁で「久しぶり」という意味ですが、実際の会話で聞いたことはありません。10/29-11/20までの期間中、町のあちこちでイベントが行われ、その一環として名古屋能楽堂で能「草薙」、狂言「昆布売り」がありました。

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すべて自由席なので、いつもは指定席になっている舞台正面に座ってみました。

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前から3列目、やや右寄りの席です。ここならば双眼鏡は不要です。それにしても、ふだんの定例公演に比べると圧倒的にお客さんが多い。祝日の午後ということもあるのでしょうが、市を挙げてのイベント(NPOが主催)なので宣伝が行き届いているような気がします。

▼ 狂言「昆布売り」

刀をもった侍(大名)が現れ、お供がいないので通りかかった者を太刀持ちにしようと企んでいます。そこへ出てきたのが若狭は小浜の昆布売り。声をかけて強引に太刀を持たせてついてくるように言います。家来のように扱われた昆布売りは怒って太刀を突きつけて大名を脅し「昆布を売れ」。「昆布召され候へ昆布召され候へ、若狭の小浜の召しの昆布を召し上げられ候へ」と、最初は口上だけなのが、節がついて、足踏みがついて、最後は舞までついて。それを見ながら昆布売りは「愉快な奴じゃ」と笑って「太刀は返すまいぞ」と去っていきます。

能、狂言ともに「ござる」「そうろう」「申す」コトバが使われ、わたしの感覚ではそれは侍コトバなのですが、僧でも大名でも昆布売りでも同様なのが不思議。室町時代って物売りでも言葉遣いが丁寧だったのでしょうか?

▼ 能「草薙」

名古屋の熱田神宮に祀られる三種の神器の一、草薙の剣がモチーフになっています。

比叡山の恵心僧都が熱田神宮に7日間参籠し、天下泰平を祈願する最勝王経を講じていると花売りの男女がやってきます。主に橘を商って生計を立てているようです。ふたりは夫婦で「草薙の神剣を守る神」と「齢を延ぶる仙女」だと言って姿を消します。

面をつけた花売女(ツレ)の声を聞いた途端「あ、女性だ」。能楽師は男性ばかりかと思っていましたが、女性もいるのですね。いや、女性が演じてくれてホッとしました。能楽師と役柄の性別は無関係だと頭ではわかっているつもりなのですが、大柄で顔の大きな男性が小さな能面をつけているとどうしても引いてしまうのです。

ちょっと歩き方について気になったのですが、前ツレ(花売女)は爪先も踵も上げて歩いていたので「おや?」。能では踵を上げないはずでは? それが後ツレ(橘姫)は、踵は上げずに歩いていました。役柄によって歩き方が変わるのでしょうか。

次に登場したのは里人なのですが、アイなので狂言方です。これを「間狂言(あいきょうげん)」というのですね。里人が僧に熱田神宮の歴史や功徳を説明し、参籠7日目の夜、日本武尊と橘姫の霊が現れます。日本武尊が、東国征伐に赴いた際、敵に火をかけられたのを草薙の剣で草を薙ぎ払い、敵を打ち破ったことを語ります。

日本武尊と橘姫の霊は衣装も美しい。まさに「神々しい」。

そして、草薙の剣が熱田神宮に納められ、国が栄え民が平和に暮らすのは最勝王経の功徳だということで締めくくられます。が、なんで熱田神宮で僧がお経を唱えるの? 恵心僧都は平安時代中期の天台宗の僧です。その時代、神社もお寺も区別がなかったの?

これはあくまで推測ですが、まず「草薙の剣」の物語を曲にしたかった。すると舞台は熱田神宮で決まり。本来、神社なら神主とか禰宜が祝詞を上げるもの。でも、能におけるワキは旅の僧であって、旅の禰宜というのは考えにくい。国を守護する最勝王経を講ずるならば僧でなければなりません。要するにこれは「草薙の剣で国を守り平和をもたらしたことと重ねて、最勝王経で護国の神・日本武尊を讃える」曲であり、舞台がたまたま熱田神宮だったのではないでしょうか。作者なりの優先順位があったのだと思います。

ツッコミどころはありましたが、大鼓が河村眞之介さんだったので満足です。あの「カンっ」という鋭い音が好き。あとは掛け声ですね。若い囃子方さんは掛け声が一本調子だったりするけれど、河村眞之介さんはそうじゃない。やはり経験を積む必要があるということなのでしょう。

能はいろんな見方、楽しみ方があります。能面や衣装に注目してもいいし、能楽師の所作や謡にこだわるのもいい。当時の歴史を調べてみるとか、関係書籍を読んでみるとか、すこし掘り下げただけで視界が広がっていきます。好奇心があればなんだって面白いのです。

お勧め度:★★★★★

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