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2017年4月

2017年4月28日 (金)

私たちは生きているのか? Are We Under the Biofeedback? (森博嗣)

私たちは生きているのか? Are We Under the Biofeedback? (講談社タイガ)
私たちは生きているのか? Are We Under the Biofeedback? 』はWシリーズ第5弾。人間は生植機能を失い、人口は減る一方。そこで見た目は人間と区別がつかないウォーカロンを開発。人間とウォーカロンを識別する装置を開発したハギリ博士が、護衛のウグイとアカバネを連れて、ウォーカロンの集落や、人間の赤ん坊のいる場所を調査してまわっているのです。

今回はアフリカ南端の通称「富の谷」。そこへ行って帰ってきた者はおらず、警察も近づかない場所。案内人に連れられてたどりついた先でハギリが見たものは…?

ハギリ博士って、いかにも大学の先生っていう感じで、おっとり、のんびりタイプ。気が小さいくせに自分の身の危険はあまり真剣に考えない。これでは護衛もたいへんです。

あの、それは罠でしょ。っていうところに護衛がいっしょに嵌ってどうするの? そういうラノベもありましたっけ。

生命とはなにか。生きるとはどういうことなのか。なかなか愉快なSFです。

お勧め度:★★★☆☆

2017年4月25日 (火)

密封 奧右筆秘帳 1 (上田秀人)

密封<奥右筆秘帳> (講談社文庫)
密封<奥右筆秘帳> 』は、幕府への申請、届け出、依頼等の文書の内容をチェックし御用部屋へ取り次ぐ部署。ここを通さなければ幕府とのやりとりができないため、奥右筆組頭・ 立花併右衛門はそれなりに役得もあった。時は徳川家斉の治世。政はいわゆる官僚組織が慣例にしたがって進めるため、将軍には実権がなかった。

事件の発端は、田沼家の家督相続願い。田沼意次の孫である意明が赴任地で急死したというのだ。相続願いそのものには問題がなさそうだが、立花併右衛門は田沼家について調べているうちに江戸城内での刃傷沙汰に行き当たる。そのときから権力闘争の闇に巻き込まれていくことになって…。

立花家のとなりに柊家があり、そこの次男坊・衛悟と立花瑞紀は幼馴染。兄が家督を継いだため、衛悟は部屋住で肩身がせまい。養子先を探してはいるものの、剣術道場に通うほうが忙しい。そんななか、併右衛門が襲われ、身の危険を感じた併右衛門は衛悟を護衛として雇うことにした。

将軍の背後で暗躍する者、操られる者、出世のためには手段を問わない者ら、有象無象が現れ、衛悟もピンチに陥る。気丈な瑞紀に救われ、支えられ、甘やかなムードが漂うものの、鈍感な衛悟はなんにもわかっていないという、愉快な一面もある。

全12冊のシリーズなので、しばらく楽しめそうです。

お勧め度:★★★★☆

2017年4月21日 (金)

恋かたみ 狸穴あいあい坂(諸田玲子)

恋かたみ 狸穴あいあい坂 (集英社文庫)
恋かたみ 狸穴あいあい坂 』は、シリーズ第2弾。八丁堀同心の妻木道三郎を慕う結寿ですが、相手は身分違いのうえ、子持ちの寡夫。断りきれない縁談が進んでいき、妻木に打ち明けることもできぬまま時が過ぎて…。

・春の雪
・鬼の宿
・駆け落ち
・星の坂
・恋の形見
・お婆さまの猫
・雪見船
・盗難騒ぎ

不審な事件の行方も気になりますが、結寿の恋の行方のほうが気がかりです。ほのぼの系時代小説です。

お勧め度:★★★☆

2017年4月17日 (月)

狸穴あいあい坂 (諸田玲子)

狸穴あいあい坂 (集英社文庫)
狸穴あいあい坂』は、元火盗改の祖父と麻布で暮らす17歳の結寿(ゆず)が主人公。両親から縁談をしつこく勧められ、祖父宅に逃げてきた格好です。

狸穴でムジナを探す八丁堀同心の妻木と出会い、いつしか好きになっていくのですが、火盗改と町方はライバル同士で犬猿の仲。周囲の猛反対は火を見るより明らかで…。

・ムジナのしっぽ
・涙雨
・割れ鍋のふた
・ぐずり心中
・遠花火
・ミミズかオケラか
・恋心
・春の兆し

火盗改の娘だけあって結寿は、いざとなると肝が座っています。身近な人間が事件に巻き込まれると黙っていることができずに、町方の妻木に助けを求め、解決への糸口を掴むのでした。

殺伐とした事件も、どこかほんわかムードで包み込む流れが心地いい。続編として『恋かたみ 』『心がわり 』が出ています。

お勧め度:★★★★☆

2017年4月12日 (水)

ビブリア古書堂の事件手帖 7 ~栞子さんと果てない舞台

ビブリア古書堂の事件手帖7 ~栞子さんと果てない舞台~<ビブリア古書堂の事件手帖> (メディアワークス文庫)
ビブリア古書堂の事件手帖7』はシリーズ第7弾の完結編。これまで挙げられたのは国内の古書でしたが、今回はシェイクスピア。栞子の祖父が母親を試そうとした仕掛けに栞子が挑みます。

1. 「歓び以外の思いは」
2. 「わたしはわたしではない」
3. 「覚悟がすべて」

どんなに価値のある本でも、自分のものにしてしまえば、どうしようと自分の勝手、なのでしょうか。わたしのような小心者には抵抗のある発想です。

栞子のお相手は物足りなかったものの、シリーズを通して楽しく読めました。

お勧め度:★★★★★

2017年4月 8日 (土)

親鸞 完結編 (五木寛之)

親鸞 完結篇(上) (講談社文庫)
親鸞 完結篇』は「親鸞」シリーズ3部作の完結編です。東国から京へ戻った親鸞は目立たぬようにひっそりと暮らしていたのですが、専修念仏を敵視し葬ろうとする覚蓮坊はずっとチャンスを窺っています。「南無阿弥陀仏とひたすら唱えよ」というのであれば、争いがなくなり平和な世になるかと思ったら、そうはいかないようです。後世では一向宗となり多くの信者が命を落とすことになります。宗教と戦争の関係を思うと憂鬱になります。

釈尊の教えが文字ではなく語り伝えられたのかについて、親鸞いわく「その時、その場所、そこにいた人びと。そして釈尊の声があり、表情があり、気配がある。それは、ただ一度きりのものなのだ」。それは能の舞台のようです。歌舞伎や文楽はある時期、毎日おなじ公演を繰り返すけれど、能は原則その日、その時の一度きり。しかも舞台監督がいないから、リハーサルもない。

親鸞に縁のある人物、あるいはその子が現れ、物語は大団円を迎えます。

お勧め度:★★★★★

2017年4月 3日 (月)

第15回 名古屋片山能を観てきました!

2016年9月の「第14回 名古屋片山能」で、生まれて初めて能を観て、思っていたより面白く、お囃子も気に入って、その後も続けて観てきて、今回が8回目の能楽鑑賞になります。名古屋能楽堂は「バックステージツアー」も体験して、すっかり慣れました。

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今回も能が2本立て。「忠度」と「殺生石」です。

能楽の公演は、能だけでなく、狂言や舞囃子、仕舞なども演じられることが多いのですが、名古屋片山能は1時間ほどの曲を2本となっています。お目当はあくまで能ですし、あまり長時間になると疲れるので、この番組構成はありがたい。

もうひとつ、笛が藤田六郎兵衛、大鼓が河村眞之介なのも(わたしにとって)魅力です。ただ、今回イヤホンガイドを聞いていてわかったのですが、お囃子にはワキを呼び出すもの、シテを呼ぶもの、祈りを表すものとパターンがあるようです。演目によって全部異なるわけではないようです。そう思って聞くと「なるほど、そうかも」。

能「忠度」は「平家物語」の平忠度が主人公。武士なので修羅物かと思ったら幽霊になって出てくるので夢幻能? ワキである旅の僧が須磨の浦を通りかかり、1本の桜の木に惹かれます。そこへ現れた老人に一夜の宿を求めると「行き暮れて 木の下蔭を宿とせば 花や今宵の 主ならまし」と和歌で返したのでした。名古屋能楽堂南の桜も4分咲き。能舞台にその桜を1本持ってきたつもりで観ていました。そういえば舞台正面の鏡板は老松から若松に変わっています。

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さて、旅の僧が桜の木陰で眠っていると、夢の中に忠度の幽霊が現れ、自分の歌が「詠み人知らず」として千載集にあるので作者名を入れてほしい旨、藤原定家に伝えてくれるよう頼みます。後シテの忠度の衣装は美しく、勇ましくもどこか優美な舞いは、まさに夢のようでした。

能「殺生石」は小書きに「白頭」とあります。先月の名古屋宝生会での能「是界」も「白頭」でした。ワキである玄翁という高僧が登場します。旅の僧の衣装よりも豪華です。下野国、いまの栃木県を通りかかると、ある石のうえを飛ぶ鳥が落ちていきます。不思議に思っていると、女の声で「その石に触れてはいけません。触れると死んでしまいます」。


昔、鳥羽上皇の寵姫だった玉藻前(たまものまえ)が実は妖狐の化身であり、陰陽師に見破られ那須野の原まで逃げたけれど、ついには討たれて、そこにあった巨石に取り憑き殺生石となったのでした。玄翁が経をあげていると、石が割れて野干(やかん=狐)が飛び出してきます。過去の出来事を語り終えると、仏法に導かれて消えていったのでした。めでたし、めでたし。

こちらの後シテは白頭に金の衣装。ピカピカで妖しい。美しい衣装を間近で見ることができるのも、能の魅力のひとつです。あの世である「鏡の間」から「橋掛り」を通って、現世である「能舞台」に現れた者は、まさに「この世のものとは思えない」わけです。シンプルな能舞台を想像力で補って鑑賞すると楽しめます。

「殺生石」の最後で、地謡、小鼓、大鼓がピタッとタイミングがあって終わったのが素晴らしかった。こういう瞬間こそが能の醍醐味。思わず拍手しそうになったのですが、橋掛りを退場するタイミングで拍手するものらしいので遠慮しました。こういうときは歌舞伎のほうが自由ですね。

次回「第16回 名古屋片山能」は2017年9月10日(日) 14:00開演。能「葛城」と能「大会(だいえ)」です。

また、昨年伺った「内子座文楽」の案内が届きました。今年は2017年8月19日(土)〜20日(日)に「芦屋道満大内鏡」を上演するとのこと。ネットからチケット予約、購入できますが、桟敷席は注意してください。2階の東桟敷席は床の真上なので、太夫と三味線がまったく見えません。また、今回花道を使うかもしれないそうで、その場合は2階の西桟敷席もよく見えないかもしれません。初めての方は、目当ての座席で問題ないかどうか問い合わせてから決めることを強くお勧めします。

名古屋能楽堂の自由席の席選びはいつも迷います。最前列は舞台には近いのですが、目線が低いため、舞台の床がかろうじて見える程度。最後列のほうが、やや上から見下ろす形になって見やすいのです。遠くてよく見えない場合は双眼鏡を使えばいい。あとは角度によってシテ柱の影になる部分をどこに持ってくるかが問題。わたしはお囃子がちゃんと見える席を選びます。また、前後左右を囲まれた状態は息苦しいので端っこの席を選びます。指定席だと動けませんが、自由席なら避難できるので好都合。ですから「どの席がいいか」は一概にはいえません。なにを優先するかで決めましょう。

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