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2017年2月23日 (木)

村上海賊の娘 (和田竜)

村上海賊の娘(一) (新潮文庫)
村上海賊の娘 』は『のぼうの城』の和田竜の作品。和田は一流のStory Tellerだと思っていますが、エンターテイメント小説としては「解説」が多い。当時の『信長公記』『石山軍記』などの書物を引いての解説はともかく、ここは現在の大阪市西区どこそこのあたりなどと言われると、その度に戦国時代から現代に引き戻され、物語の流れが止まってしまい興醒めしてしまう。だから、和田の小説は面白いけれど苦手なのです。そうして忘れていたら3年経っていまして、ようやく予約待ちなしで鶴舞図書館で借りることができました。

村上武吉の娘・景(きょう)は醜女のうえ、大の戦好きで20歳になっても嫁の貰い手がありません。しかし、大坂(本願寺)へ向かう一向信徒の農民たちを乗せた船の悪者供をこらしめ、信徒の源爺から「姫様はお美しい。堺を訪れる南蛮人に顔かたちが似ておられる。泉州へ行かれれば嫁の貰い手は数多ですぞ」と言われて調子に乗って、自ら信徒たちを大坂まで送り届けることになったのでした。

景がおもしろい。笑えます。まるで漫画です。思わず思い出したのが「ちいさなバイキングビッケ」。

大坂では泉州海賊の真鍋七五三兵衛と出会い、そこに合流して、織田信長方の本願寺攻めを目の当たりにしたところからシリアスモードに切り替わります。景は本物の戦を初めて見てショックを受け、戦の華やかさしか見ていなかった自分に恥じ入るのでした。戦とは、自分の領地と領民を守るためにするものであって、そのためには敵は容赦無く殲滅するものだったのです。「そんなこともわかっとらんのか」と、真鍋七五三兵衛に愛想をつかされ、能島に帰る景でした。

そこから木津川合戦です。

ふたたび大坂へ向かおうとする景を見送りながら、武吉は部下に向かって「30年ぶりに鬼手が出るのだ」「へ?」「我が娘が戦に赴けば、当方の勝利疑いなし」。

鬼手とは奇手。具体的にどういう意味かは読んでのお楽しみ! 景は真鍋海賊に立ち向かっていきます。

わたしも大阪出身なので、ここでいう「阿呆」がわかるような気がします。大阪弁で「アホやなぁ」というのは「愚か者」でもなければ、ましてや「馬鹿」ではない。非難ではないのです。失敗も情けなさもすべて包み込んで、場合によっては「自分には真似できん」という賞賛だったりもします。「ウケ狙い」は大阪人の血なのです。ただ、現代と異なるのは文字どおり命がけという点。死を覚悟した阿呆には勝てません。

終盤の海戦は壮絶なものですが、泉州海賊はどこかあっけらかんとして深刻さがないのが救いです。いわく「無謀にも強敵に挑んで、阿呆丸出しで死んで行く。それこそが、人々の度肝を抜いて阿呆と賞賛されることを何よりも好む、泉州侍の真髄ではないか」。

面白くて読み応えのある時代小説をお探しの方にお勧めします。

お勧め度:★★★★★

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