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2016年11月 1日 (火)

2016 西尾城址薪能 【観劇編】(能:舎利、狂言:成上り)

岩瀬文庫と西尾城址界隈を散策してから西尾市文化会館に着きました。ここが薪能の会場です。薪能って屋外でするものだと思うのですが、なにか事情があるのでしょうか。

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午後1時に開場となり、大ホールへ向かいます。ずいぶん大きくて立派な会館です。ロビーには、抹茶コーナーと、能面と衣装の展示があります。

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大ホールの舞台に「能舞台」が設えてあります。歌舞伎などと違って能は一回限りの舞台です。

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柱から上の屋根を取り払い、下手側に橋掛かりを伸ばした格好です。観客にとって能楽堂の柱は意外と邪魔なので、このほうが見やすいかも。橋掛かりが短いけれど、大中小の3本の松がかわいい。

西尾城址薪能は今回で22回目だとか。地元出身能楽師の方をはじめ有志のご尽力で続けてこられて、これだけ多くの市民が見に来られているのは快挙だと思います。1,000人収容の大ホールの9割ほど埋まっています。

能は「未就学児の入場はお断りします」ということが多いのですが、今回は2階に「親子席」を設けてあるとか。子供たちにも能を感じてもらう、良い機会です。来賓挨拶と、シテ方による能の解説を終えると開演です。

本日の演目は、仕舞「玉之段」「邯鄲」、一調「春日龍神」と狂言「成上り」(太郎冠者:野村萬斎)、能「舎利」です。一調というのは、謡がひとり、太鼓がひとりで能の聴かせどころを演奏するもの。仕舞と一調はそれぞれ短く、そのまま狂言へと続きます。

▼ 狂言「成上り」

野村萬斎の太郎冠者が、殿のお供をして出かけた先で眠っている隙に刀を盗まれ、青竹にすり替えられてしまいます。翌朝、太郎冠者は言い訳を始めます。嫁が姑になるとか、渋柿が熟れて甘くなるとか(当たり前)、山の芋が鰻になるとか、そして刀が青竹に「成上り」ました、と。(く、苦しい)

殿は「そんなわけがあるか。それはすり替えられたのじゃ」と一喝。近くをうろついていたすっぱ(盗人)を見つけた主従はすっぱを捕縛せんとするのですが…ドタバタ劇が笑えます。太郎冠者の裃の背にはナマズが2匹。すっぱはネズミ(?)。それはなに? 松竹新喜劇ならツッコミどころです。

以前、狂言と能は別物だと思っていたのですが、両方とも能楽のなかに含まれていて、能の前に狂言が演じられたりします。ここで15分間の休憩です。

▼ 能「舎利」

京都・泉涌寺を訪れた僧が仏舎利(お釈迦様の骨)を見せてほしいと寺守に頼んだところ、足疾鬼(そくしっき)が現れ、舎利を盗んで逃げてしまいます。慌てた寺守は僧と共に韋駄天に祈ると、韋駄天が足疾鬼を追って、天上世界を飛び回ります。舞台上、畳ほどの大きさの台が置かれ、そこが泉涌寺らしく、足疾鬼は四角い台を踏み潰して舎利を取っていきます。踏み潰すのは舎利殿の天井を破ったという意味のようです。

韋駄天のド派手な衣装も目を引きますが、足疾鬼の追跡劇が見ものです。その際、お囃子は、笛と鼓に太鼓も加わって、速いテンポで盛り上がっていきます。こんなに激しいお囃子は初めて聴きます。ゆっくりした曲が多いなかで、舎利のお囃子は気に入りました。それに大鼓の河村眞之介さんのファンなのです。笛は藤田六郎兵衛さんがお気に入り。能の「音楽」が大好き。

ちなみに、2017年の西尾城址薪能は11月18日(土) 午後を予定しているとか。足疾鬼が笑っていることでしょう。

お勧め度:★★★★★

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