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2016年10月22日 (土)

名古屋能楽堂10月定例公演観劇記(狂言:鬼継子 能:通小町)

2016年9月の「名古屋片山能」で、能の魅力を知ったので、10月は「名古屋能楽堂」の定例公演に行ってきました。

名古屋近郊で能や狂言に興味がある方は、名古屋城正門南にある名古屋能楽堂へ足を運んでみてください。ロビーに置いてあるパンフレットを集めて、次回定例公演のチケットを事務所で買って帰ればいい。文楽のときもそうでしたが、敷居が高いのは最初だけ。とにかく一度観れば、視界が開けます。チャンスを逃さないことが大事。

No201610

チケットは、ネットで購入することもできますが、1枚買うのに400円も500円も手数料がかかるのは不経済です。今回のように、主催者が「名古屋市文化振興事業団」の場合は、栄ナディアパーク8Fの事務所に行けば、手数料なしで購入できます(クレジットカード可)。

今回は開演15分前に「ショート解説」がありました。フレンドリーな語り口で、堅苦しいと思われがちな能の開演まえに場が和んだのはよかったのですが、内容が整理されておらず散漫だったのが残念。文楽でも開演前にストーリーと見どころを中心に簡単な解説があります。能の「ショート解説」は良い企画だと思うので、どなたか解説原稿を書いてください。

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狂言「鬼継子」が始まります。

黄色い着物を着た女性が現れます。彼女は夫を亡くし幼い我が子を抱いて実家へ帰る途中、鬼に見つかってしまいます。女性が大柄で、鬼のほうが小柄。自分の妻になって地獄についてこいという鬼と、なんとか我が子を救おうとする母親のやりとりが珍妙で可笑しい。化粧を直す間、子供を抱いてあやすようにいう母。「○◇▽□って言って」「なんでそんなことを」「いいから、言って」。おっかない物言いに、鬼は「わかったわかった」と赤子をあやします。まるで孫をあやしている爺様です。「おまえの母はおおきな顔に白粉を塗っておるぞ」。鬼より母親のほうが大柄なのが「設定」みたいです。鬼のくせに妙に人間くさい仕草が笑えます。最後は、人間のくせに鬼より強い母親が勝つというお話でした。舞台にはふたりしか登場しません。今でいえば、コントか漫才でしょう。

開演前に「イヤホンガイド」(無料)を借りていますが、ガイド音声が流れるのは能だけで、狂言はガイドはありません。なくても大体わかります。ただ、鬼は面をつけているので声がこもって、すこし聞き取りづらい。

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15分間の休憩をはさんで、能「通小町」です。

京都の八瀬の山里の僧のもとへ毎日木の実を届ける里女がいて、どんな実をもってきたのか説明を求めると、桃だ梨だとたくさん説明するのです。あとで調べたところ「嵐にもろき落椎、人丸の垣ほの柿、山の辺の笹栗、窓の梅、園の桃、桜麻、苧生の浦梨、櫟香椎、真手葉椎、大小柑子、金柑」など。手に提げている竹かごにはそんなに入ってないし、桃って木の実というより果実です。そもそも八瀬の山に桃がなるの? あ、思わず突っ込んでしまいました。

僧が「ところであなたのお名前は?」「小野の…市原野辺に住む女で、わたしの跡を弔っていただきたいのです」と言い残して消えてしまいます。搔き消えるというからどうするのかと思ったら、舞台の奥、後見さんの座っている正面で座り込んで「消えた」のです。

市原野辺へ出向いた僧が小野小町の霊を弔っていると、橋掛かりの向こうから深草の少将の声が響いてきます。要するに「ちょっと待ったぁ」というわけです。彼は小野小町を想い「百夜(ももよ)通い」をした挙句、九十九夜で亡くなってしまい、成仏できないまま、いまだに小町を追っているのです。小町だけ成仏されたら自分は置いてけぼりになるから困るわけです。ストーカー幽霊の痴話喧嘩になど巻き込まれたくないと、わたしだったら思うけれど、僧はそれがお仕事なので「この場で百夜通いを再現してみてはどうか」と提案します。

公演パンフに写っているのが少将です。すっきりした形をしていますが、鬼気迫る表情をしています。

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「百夜」ですから、夜です。月がなければ真っ暗です。小町に「姿を変えて」と言われたので蓑、笠、竹の杖を持ち、足元も見えないススキの原を(車や馬ではなく)徒歩で通ったのです。どれくらいの距離だったのかわかりませんが、雨が降ればびしょ濡れになるし、雪が降れば凍えるでしょう。笠を手に柱にぶつかってしまう様子が再現され「この人も苦労したんだなぁ」と同情したくなります。そして「明日は小町に会えるぞ」と張り切ったところで過労死って、そりゃ化けて出たくもなるでしょう。小野小町は罪な女です。その後、僧の回向によってふたりは無事成仏しましたとさ。めでたし、めでたし。

お囃子方の小鼓の方がご高齢のせいか足取りが心もとなく、小鼓を打つ手も弱々しく見えたのですが、深草の少将を打つ雨だれを象徴していたとか。そう言われると納得してしまいます。舞台を終え、橋掛かりを渡っていく様子を見ながら心の中で「がんばれ、爺ちゃん」(失礼)と拍手を送ったのでした。

先月の「名古屋片山能」で観た「融」は、後半の舞がかっこよかったので、今回も舞を期待したのですが、かならずしも舞があるわけではないのですね。「小督」の舞もよかったし、藤田六郎兵衛さんの笛も印象的だった。

来月は「やっとかめ文化祭」で、能「草薙」と狂言「昆布売」を観る予定です。

お勧め度:★★★★★

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