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2015年2月22日 (日)

鹿の王 (下) 還って行く者 (上橋菜穂子)

鹿の王 (下) ‐‐還って行く者‐‐ 鹿の王 (下) 還って行く者』で「独角」の長だったヴァンと、伝染病の治療薬を作ろうとしている医術師ホッサルが出会ったとき、物語は一気に転がり始めます。ヴァンを追っていたサエも彼と行動を共にするようになり、なにやらいい雰囲気。

本書では、感染症と、命の不思議について考えさせてくれます。

Wikipediaによると「感染症の歴史は生物の発生と共にあり、有史以前から近代までヒトの病気の大部分を占めてきた。医学の歴史は感染症の歴史に始まったと言っても過言ではない。1929年に初の抗生物質であるペニシリンが発明されるまで根本的な治療法はなく、伝染病は大きな災害と捉えられてきた」。

ヴァンの「人はなぜ病み、なぜ、病んでも治る者と治らぬ者がいるのか」という疑問に対して、ホッサルは「犬やダニに噛まれたことで病を得て死んでしまう者といれば助かる者もいる。「運」で片付けずに、その因果関係が知りたい」と、ヴァンの血液を調べさせてほしいと頼みます。

「人の身体は国みたいなもの。ひとつの個体に見えるけれど、実際には、たくさんの小さな命がこの身体の中にいて、私たちを生かしながら、自分たちも生きている。私たちの身体が病んだり、老いたりして死んでいくと土に還ったり、他の生き物の中に入ったりして命を繋いでいく」

AIDSやエボラ出血熱のように、外部から身体にウイルスが入ってきて病気になる場合と、癌のように身体の中だけで起こる病気がある。ある人にとっては「病原菌」でも、菌にとっては良いも悪いもない。菌も生き残らねばなりません。リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子 』を思い出して、急遽図書館で借りてきました。

鹿の王とは「群れが危機に陥ったとき、己の命を張って群れを逃がす」だといい「群れを支配する者、という意味ではなく、本当の意味で群れの存続を支える尊むべき者」だといいます。でも、それが本書のタイトル?

クライマックスでは状況が二転三転し、どうなるのかとハラハラしていたら、最後に「鹿の王」が登場。余韻を残しつつ大団円となりました。児童書に分類されるようですが、大人にとっても読み応え十分。異世界ファンタジーの世界で、生命の尊厳と不思議に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

お勧め度:★★★★★

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