2018年6月21日 (木)

ラストレシピ 麒麟の舌の記憶 (田中経一)

ラストレシピ 麒麟の舌の記憶 (幻冬舎文庫)
ラストレシピ 麒麟の舌の記憶 』は、皇居の料理人だった直太朗が第2次大戦中、満州で完成させたレシピを再現してほしいと依頼された“最期の料理請負人”の佐々木が主人公。

借金を抱える佐々木は高額の報酬に目が眩んで引き受けるのですが、手がかりは乏しいし、依頼主の意図が掴めないし、なにやら雲行きが怪しい...。

それって「究極のメニュー?」と思ったのですが、ちょっとちがうみたい。料理の物語なのですが、美味しい場面は少なく、どちらかというと「料理ミステリー」。現在と過去の場面が交互に出てきて、テンポよく進みます。

作者がやたら料理にくわしいので、他に著書がないかと調べたらなくて、なんとTV番組「料理の鉄人」の演出家だったそうです。納得!

お勧め度:★★★☆☆

2018年6月18日 (月)

雲上雲下 (朝日まかて)

雲上雲下(うんじょううんげ) (文芸書)
雲上雲下 』は、日本昔話版「ネバーエンディングストーリー」。

参考文献だけでなく、実際に各地の民話を取材してまわったそうです。だから、それを集めて再構成しただけの小説なのかと思ったらそうではありませんでした。

高さ二丈というから6メートルもあろうかという「草どん」が崖っぷちにぼんやりと立ってて、そこへ子狐が現れて「お話をしてほしい」とねだります。「話なぞ知らん」と突っぱねていた草はそれでもなぜか「むかしむかしあるところに」と語り始め、自分でも驚いてしまうのです。なぜ自分はそんな話を知っているのか?

子狐に山姥、乙姫に天人、そして龍の子。 「まんが日本昔話」で見て聞いたことのあるお話のオンパレードです。いいなぁ、この感じ。自分はいまここにいるのだけれど、お話のなかでは摩訶不思議な登場人物たちが語り、泣き笑いする。想像力は人生を豊かにしてくれます。だから小説が好き。

恐ろしいばかりかと思っていた山姥がいい味出してます。(笑)

お勧め度:★★★★★

2018年6月15日 (金)

新・御宿かわせみ 青い服の女 (平岩弓枝)

青い服の女 新・御宿かわせみ
青い服の女』は「御宿かわせみ」シリーズ第41弾。明治維新後の「新・御宿かわせみ」シリーズ第7弾になります。

1. 霧笛
2. 玄猪祭さわぎ
3. 去年今年
4. 青い服の女
5. 二人女房
6. 安見家の三姉妹

前巻『お伊勢まいり 』はピンと来なかったのですが、今作はいつもどおりの「かわせみ」に戻ってうれしい。

あやしげな男女4人が泊まり、なにやらきな臭いと思ったら、最後は血なまぐさい話になるのですが、そこをさらっと終わらせるあたりが真骨頂。

一方、長年勤めた奉公人が暇乞いをしても、そこもさらっと流してしまうのはどうなのか。逆にもやもやが残りますが、それでも嫌いじゃない。

医者の麻太郎が自分のことを「たけのこです」「………」「そのうち、薮になります」。お後がよろしいようで。(笑)

続編を楽しみにしています。

お勧め度:★★★★★

2018年6月10日 (日)

トッカン 徴収ロワイヤル (高殿円)

トッカン 徴収ロワイヤル
トッカン 徴収ロワイヤル 』は「トッカン」シリーズ第4弾。

1. 幻の国産コーヒー
2. 人生オークション
3. 徴収官のシャランラ
4. 五年目の鮭
5. 招かれざる客と書いて本屋敷真事と読む
6. 対馬ロワイヤル

主人公の「ぐー子」も鏡トッカンに鍛えられて、ひとりで動けるようになってきました。トッカンに一喝されて「うぐっ」と固まってしまうことなく言い返せるようになってきました。同僚の木綿子いわく「もう徴収に敵はいないんじゃない?」。

そんなぐー子ですが、1本150円のペットボトル飲料代を節約するためにオフィスの冷水機にかじりつき、150x5=750円でケーキを買うことを楽しみに生きてる小市民なのでした。

「雑誌やネットの記事がごはんものであふれかえるはずだ。もっとも身近で、もっとも手軽でもっとも安価に人を幸福にできるのはおいしいごはんなのである。(そうだ。肉だ。コンビニ飯食ってる場合じゃない!)」

しかし、昼はコンビニ「コーヒー+からあげ」、夜はコンビニ「スイーツ」。なんだか随所に妙なリアリティを感じてしまいます。作者は最後に「この作品はフィクションです。本当に本当にフィクションです」。なんだか怪しい。

お仕事小説としてはイチオシ! まちがいなく笑えます。(それでいいのか!?)

お勧め度:★★★★★

2018年6月 7日 (木)

海の見える理髪店 (萩原浩)

海の見える理髪店
海の見える理髪店 』 は直木賞をとった短編集。

1. 海の見える理髪店
2. いつか来た道
3. 遠くから来た手紙
4. 空は今日もスカイ
5. 時のない時計
6. 成人式

表題作は「よくしゃべるおやじだなぁ」と思っていたら、それがそのまま小説のストーリーになってる。淡々としていて、重い。

他の短編も、生活感が濃く漂っていて、読んでいて憂鬱になってきます。残念ながら、わたしの好みではありませんでした。

お勧め度:★☆☆☆☆

2018年6月 4日 (月)

遺譜 浅見光彦 最後の事件 (内田康夫)

遺譜 浅見光彦最後の事件 上 (角川文庫)
遺譜 』は「浅見光彦最後の事件」というサブタイトルに惹かれて読んでみることにしました。以前『不等辺三角形 』を読んで、他の「浅見光彦シリーズ」も読もうかと思ったら100冊以上あって断念したのです。

わたしが子供の頃、母親が「(同い年の従姉妹とちがって)うちの子は推理小説を読まない」と心配していたのを覚えています。たぶんホームズとかクリスティとかのことでしょう。最近わかったのですが、わたしが嫌いなのは推理小説ではなくて(フィクションとはいえ)人が殺されることなのです。小説でも漫画でも映画でも「殺人」が軽すぎます。

それでも本作は気になって上下巻読んでみました。浅見光彦シリーズは2作目でしかありませんが、主人公は控えめで探偵気取りではないところがいい。本作でいえば、オーストリアからドイツ、神戸、丹波、篠山としっかり取材されたようで、旅行記としても楽しめます。

「その辺りに、石の文化を持つヨーロッパと、木と紙の住居文化の日本との相違を感じる」とさりげないフレーズに思わず相槌を打ってしまうこともあります。そう、なぜ日本の建築は木だったのでしょうか。すぐに燃えてしまうのに。と、脱線できるところも魅力です。

お勧め度:★★★★☆

2018年6月 1日 (金)

名古屋駅西 喫茶ユトリロ (太田忠次)

名古屋駅西 喫茶ユトリロ (ハルキ文庫)
名古屋駅西 喫茶ユトリロ 』 は、ちょっと懐かしい喫茶店が舞台の、ご近所グルメ小説です。近年コメダやスタバなどのチェーン店が増えてきて、個人経営の古い喫茶店が減ってきたのは寂しい。太田忠次は名古屋在住の作家さんなので、名古屋の風景をリアルに描いてくれます。

1. 手羽先唐揚げと奇妙なイタズラ
2. カレーうどんとおかしなアフロ
3. 海老フライと弱気な泥棒
4. 寿がきやラーメンと家族の思い出
5. 鬼まんじゅうと縁結びの神
6. 味噌おでんとユトリロが似合う店

カレーうどんもいいけれど、それより味噌煮込みうどんやあんかけパスタじゃないのかなぁ。わたしは大阪出身で、東京と名古屋で暮らした経験から、食べ物がおいしい(好みに合う)のは大阪。ただし、お金さえ出せば東京ではおいしいものが食べられる。名古屋は特筆すべきグルメはないものの、おいしいもの、おいしい店はあります。

おいしいものを食べれば幸せになれます。幸せ探しはどこに住んでいてもできるはず。だからグルメ小説は好きです。

お勧め度:★★★☆☆

2018年5月29日 (火)

活版印刷 三日月堂 海からの手紙 (ほしおさなえ)

([ほ]4-2)活版印刷三日月堂: 海からの手紙 (ポプラ文庫)
活版印刷三日月堂: 海からの手紙 』はシリーズ第2弾。川越にある古い活版印刷所を再開した孫娘・弓子が主人公。彼女はすでに親もないけれど悲壮感はなく、常にマイペースで淡々としています。だれかを活版印刷で手助けできればというスタンスがチャンスを呼び寄せているようです。

1. ちょうちょうの朗読会
2. あわゆきのあと
3. 海からの手紙
4. 我らの西部劇

今回は、朗読会のプログラム、名刺、豆本、そしていよいよ本を刷ろうという話が出てきます。印刷を通じて、なにかを「作る」ことに心惹かれます。

お勧め度:★★★★☆

2018年5月25日 (金)

活版印刷 三日月堂 星たちの栞 (ほしおさなえ)

([ほ]4-1)活版印刷三日月堂 (ポプラ文庫)
活版印刷三日月堂 』は、川越にある古い活版印刷工場に越して来た孫娘・弓子が、周囲の人間に請われて「手キン」でカードや栞を印刷してみたことから人の輪が広がっていくお話です。

1. 世界は森
2. 八月のコースター
3. 星たちの栞
4. ひとつだけの活字

活版印刷とは、判子状の活字を並べ、インキを塗り、紙に押し付けて印刷する技術。日本語の場合、書体、サイズのちがいもあるため、かな漢字記号など含めると膨大な数の活字が必要になります。いまはそれをパソコンで編集し、印刷所にデータを渡すだけで本ができてしまいますが、昔はこうだったのです。ピンと来ない方は「大人の科学マガジン 小さな活版印刷機」をお勧めします。

「手キン」のことを読んで思い出したのは、学生時代に使っていた英文タイプライター。ヨイショっとキートップを1センチ以上押し込んで、ようやく活字がインクリボンを叩きます。Aなど左手の小指ですからうまく力が入りません。押し付ける力によって文字の濃淡と上下位置が微妙に変わるので、慣れるまでに時間がかかりましたが、おかげでブラインドタッチを覚えました。Apple ][ パソコンのキーボードに初めて触ったときは、あまりの軽さに驚きました。キーを「叩く」のではなく「軽く押さえる」だけ。さすがアメリカ人が作った機械です。

カタカナ、ひらかな、英数字、漢字と複雑な文字体系をもつ日本語だからこそ「マンガ」が発達したと養老孟司氏は『京都の壁 』で書いています。アメコミがつまらないのはシンプルなアルファベットのせい? その理屈がいまひとつピンと来ないのですが、日本文化の根底に日本語があることは確かです。

西尾の岩瀬文庫で「枕草子」の写本を見て、崩し字が読めないことにショックを受け、くずし字は活字に合わないので置き去りにされたという展示を見て再びショックを受けました。

レターセットから始まって、喫茶店のショップカードとコースター、高校文芸部の栞、結婚式の招待状と、話が広がっていく様子が自然に描かれています。仮名文字だけ1組の活字で新郎新婦の名前を印刷したいのだけれど「ともあき」「ゆきの」では「き」が2個必要になるから無理だというから「クロスさせればいいのに」とわたしは思ったのですが、さて、どう解決するでしょうか。

古いモノや技術を見直す動きはアナログレコードでも見られます。理屈ではデジタルのほうが音質が優れているはずなのに、実際に聴くとアナログのほうが(わたしの場合)魂を揺さぶるから不思議です。

「三日月堂」は面白かったので、続編も読んでみようと思います。

お勧め度:★★★★☆

2018年5月21日 (月)

名古屋能楽堂 2018年5月定例公演鑑賞記(能:田村、大江山 狂言:朝比奈)

久しぶりの名古屋能楽堂です。今回は贔屓にしている囃子方(笛の藤田六郎兵衛、大鼓の河村眞之介)が能には出ないので気乗りがしなかったのですが、矢野隆の『鬼神』という小説を読んだときに「これはぜひ能で見たい」と思ったら、それが今回の演目のひとつ「大江山」だったのです。だから、見ないわけにはいきません。

わたしはまだまだ能楽初心者ですが、楽しみ方がわがままになっていまして、自分の興味のあるところしか見ないのです。逆にいえば、一部でも気に入れば満足するという、非常に偏った見方、楽しみ方をしております。そのあたりをご理解のうえ、お読みいただければ幸いです。

Noh_hero

今年から公演ごとにテーマがつけられているようです。5月は「能の男 狂言の男」。「男」には「ヒーロー」とルビが振ってあります。これまでは、なぜその曲を選んだのかわからなかったから、こういう見せ方は面白い。すばらしい。最近では美術館や博物館も切り口を変えてきています。能楽堂だって変わる必要があります。

さて、能「田村」は坂上田村丸(田村麻呂)、狂言「朝比奈」、能「大江山」は源頼光が「ヒーロー」なわけです。彼らはどんな活躍を見せてくれるでしょうか。

最初に仕舞があるのですが退屈です。生まれて初めて見た能(第14回 名古屋片山能)の印象が強烈で「小督」の男舞は勇壮で「融」の舞も素敵だった。それに比べるとほとんどの仕舞はお稽古事の発表会に見えてしまうのです。(ゴメンナサイ)

舞囃子も舞はそっちのけでお囃子だけ見てしまいます。今回の「自然居士」では大鼓が河村眞之介だったので、じっくり拝見(拝聴)しましたが、今日はキレがいまいちだったような。小鼓は未だ贔屓がいないのですが、船戸昭弘はやさしい小鼓を打ちますね。好印象です。囃子方はゼッタイ男前がいい!

能「田村」です。

京都の清水寺を最初に建立したのは坂上田村丸(田村麻呂)だったのですね。旅の僧がふたり登場したあと「少年が右手に箒をもってやってきます」って「わ!」。関取のような巨体の少年です。面と装束をつければ役になりきり、観客もそう受け取るのがお約束だとしても、わたしは抵抗があります。たとえば姫の役は女性に演じてほしい。

田村丸は征夷大将軍として、帝から鈴鹿山の鬼を討つよう命じられます。「戦いの最中、千手観音が現れ、空を舞い、弓と矢を持ち、同時に千の矢を放ち、鬼を打ち払った」らしいのですが、片手で弓を持ち、もう片手で矢をつがえるわけですから、1本の矢を射るには2本の手が必要です。だったら千手観音でも一度に500本しか射ることができないはず。千本の矢を同時に射るには、弓を使わず、手で投げるしかありません。と、例によってツッコミどころ満載です。

これもイヤホンガイドで適宜解説してもらえるからわかること。いままで「録音にしてはタイミングがばっちり合ってるな」と思ったら、生放送だとか。つまり、能の公演同様、一回限りのパフォーマンスなのです。終演後「能楽質問会」というのがあって、わからないことを解説者に質問することもできます。いろいろがんばってますね、名古屋能楽堂も。えらい!

以前から「定例公演事前学習講座」があって、能楽堂の会議室で1時間半、そのときの演目について解説してもらえるそうですが、それが公演の半月ほどまえの土曜日だったりするので、わたしは行けません。1回の公演のために能楽堂に2回足を運ぶのは無理。公演当日にしてもらえれば参加したい。

続いて、狂言「朝比奈」です。

狂言というと、舞台にふたりだけ出てきて漫才を演じるものと思っていたのですが、囃子方も地謡も登場するからなにかがちがう。閻魔大王は狂言方でも朝比奈は能楽者。能と狂言では言葉遣いも発声も異なり、狂言のセリフは大体わかるけれど、能と謡はほとんどわかりません。朝比奈のセリフは意味不明。外国語を聞いているようなもの。それでも狂言にはイヤホンガイドがつかないので困りました。イヤホンガイドが鑑賞を助ける目的であれば、解説者の先生が待機していて可能であるならば「狂言はイヤホンガイドなし」と決めつけずに、朝比奈のセリフだけでも解説してほしい。

閻魔大王が朝比奈にやり込められるという筋書きは狂言でしょうけれど、これは能に閻魔大王が飛び入り参加したものではないでしょうか?

最後が「大江山」です。

酒呑童子という鬼を討つよう命じられた源頼光は四天王(渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、卜部季武)らと共に山伏に変装して鬼の塒に一夜の宿を求めます。酒盛りが始まり、酒呑童子は「ここに俺がいることは誰にも言わないでくれ」と頼むと寝てしまいます。そこへ武士の姿に戻った頼光らが奇襲をかけ、最後には首を取ってしまうのです。鬼は人を喰うといいますから放置することはできないのですが、それにしても相手は獣ではなく言葉が通じる生き物。だまし討ちするのは後味が悪い。あまりにも単純化された能「大江山」に対して、小説『鬼神』では酒呑童子は鬼ではなく人だったとして、討つべきかどうかの葛藤を描いています。後者のほうが人間的だと感じるのはわたしだけでしょうか。

酒呑童子の首は京都市西京区にある首塚大明神に祀られています。

午後2時から6時まで(10分休憩2回を含め)4時間たっぷり楽しませていただきました。ありがとうございました。次回は、7月1日(日)の「名古屋能楽堂 7月定例公演」(能「頼政」狂言「通園」)に伺います。

★ 能に興味のある方へ

当日でも自由席券は残っているはず(売り切れたと聞いたことがない)なので名古屋能楽堂に足を運んでみてください。事務所でチケットを販売しています。名古屋城の本丸御殿とか金シャチ横丁に立ち寄ったついででも構いません。ネットで調べても能の公演予定や演目の雰囲気はわかりづらいので、能楽堂ロビーにたくさん置いてあるチラシをごらんください。名古屋、豊田、京都、東京などの公演予定がわかります。

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スマホよりチラシのほうが絶対わかりやすい。映画のチケットよりは高いので、持ち帰ってじっくり見て選びましょう。

5/22の「談山能」に行きたかったけれど火曜日は無理。笛と大鼓が贔屓筋で、小鼓が大倉源次郎。うーん、悔しい。聴きたかった(見たかった)なぁ。

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